第89話 アイドルだった私、現実を知る

 舞台から見る限り、フロアで踊っているのは参加者の三分の一にも満たない。目論見は完全に失敗したのだ。


 私の見通しが甘かった。考えていたよりずっと、世界は広いんだわ。

 王都には王都の歴史があり、ルールがある。田舎町とは違い娯楽も沢山ある。そして王家の人間とその周りの権力者たちは、大切にしているものも違うのかもしれない。

 さぁ、自由に! 今日だけはみんなはっちゃけて! なんてことが出来るほど、甘い世界じゃないんだ……。


 ……それでも。


 そうよ、それでも!


「皆様、ご参加くださりありがとうございます!」

 私は、今出来ることをするだけ!


「想いを伝えられた方もそうでない方も、どうか忘れないで。私たちに与えられた『言葉』は、大切な人に感謝を、愛を伝えるためにあるのだということを。そして私たちマーメイドテイルは、すべての人を笑顔に、と思い歌っています!」


 私の持つ全部をぶつけるしかないの。受け入れてもらえるかなんてわかんなくて、怖気づいてしまいそうになるけど、私は私の力を信じる!

 私は舞台の上にいるメンバー、そして楽隊の皆さんに向け声を張る。


「さぁ、みんな、全力で行こう! 私たちの舞台を、今宵集まってくださった方の目に焼き付けよう! 、私たちの本気を!」

 曇っていたみんなの顔が、明るさを増す。そうよ、みんな大丈夫! 私たちはこれでいいの!


「いつもより大袈裟に、いつもより楽しく! 曲は──シンクロだぁ!」

 拳を突き付け、跳ねる。


 客席のことなんかもういいや。お偉いさんがいっぱいいるのとか知ってるけど、あとで怒られてもいい!

 私たちはお伺いを立てるのではない、私たちは押し付けるのだ。これでどうだ、これでもか! と懐にぐいぐい入っていかなければ。そのくらいの気持ちでいなければ、これから先だって勝負をかけることなんかできないじゃない?


 楽隊が力強く音を奏でる。アップテンポで、お腹に響くリズムと弦の奏でるハーモニー。


 私はニーナと一緒に舞台中央まで走り、大きくジャンプした。その後ろをランスとアルフレッドがバク転で通り過ぎ、アイリーンとケインが美しいステップでくるくるとターンを決める。


 う~た~う~ぞ~!!


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


ハジメテってさ いつも憂鬱

変化に耐えられない 私たち

繊細だなんて 言う気はないけど

ナーバスな心 隠しきれずに


無邪気な顔で いつもはしゃいでた

君ははまるで 少年みたいだ

くだらない話を いつでも

特別みたいに 思っていたんだ


シンクロしたいよ 君の心に

透明な壁なんかもう いらないんだよ

シンクロしたいよ 君の体に

混ざりあって溶け合って分かり合えたなら


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


 少しばかり歌詞を変えた、異世界バージョン!


 うん、みんなキラキラしてる! アイリーンの美しさ、ケインのひたむきさ、ランスとアルフレッドの一糸乱れぬダンスも、自分の見せ場でちゃっかりアドリブ入れてくるルナウも最高にいいよ!


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


季節が行くよ 光の矢みたい

追いかけるだけでもう 精一杯

サヨナラなんてさ 言う気はないけど

どこに向かって 歩いたらいい?


シンクロしたいよ 君の心に

離れ離れに いつかなっても

シンクロしたいよ 君の記憶に

同じ風景の中にいたんだって きっと覚えていて


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


 その歌詞を聞き、涙する人間がいたことを、舞台の上の私は知らなかった。


「ジャオ!」

 レイラが舞台を見つめながら、そっとジャオの背に顔を埋め泣いていた。今は皆、舞台に釘付けだから、誰にも見られてはいないはずだ。


 なんて、突き刺さる歌詞なのか。

『シンクロしたいよ 君の記憶に 同じ風景の中にいたんだって きっと覚えていて』


 ……ああ、どうか覚えていて。

 あなたの心とシンクロできた、今日という日を――。


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


「失恋」とは言うけど、

「失愛」とは言わないだろう?

きっと愛は失ったりしないんだ、なんて

君はまるで 少年みたいだ


シンクロしたいよ 君の心に

離れ離れに いつかなっても

シンクロしたいよ 君の記憶に

同じ風景の中にいたんだって きっと覚えていて


忘れないで

覚えていて


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


 背中で泣いている最愛の相手。

 ジャオはそっと、その手を握った。

 この曲が終わるまで。その時まで……と。


 ──曲が、終わる。


 会場の熱が、高まった。

 それは肌で感じる高揚感だけではない。舞台を見る観客の頬の色、目の輝き。うん、引っ張れた!


 で、このタイミングでまさかのあの企画!?

 本当に大丈夫なんだろうか。


「次の曲は、本日のパーティーの主催者でもあるルナウ・キディが努めますっ。どうぞ皆様、拍手でお迎えくださぁい!」


 ルナウが舞台中央に立つ。

 その後ろには、楽器を片手にしたアッシュ。とんでもない緊張状態に違いないと思うんだけど、見た目からは全くわからない。すごいプロ根性だな、って感心しちゃう!


 そして予定通り、二人を残し、メンバーは全員舞台の下に降りた。


「……皆様、本日は我がキディ家のパーティーにおいでいただき感謝いたします。きっと戸惑われた方も多くいることでしょう。ですが、私はこうして舞台に上がったことで、多くを学びました。王家の一族という特別な世界しか知らなかった私に、リーシャと、そしてここにいる仲間たちは素晴らしい景色を見せてくれた!」

 そう言って私達メンバーの顔を見る。


「これから歌う曲は、私と、ここにいる音楽家、アッシュ・ディナ二人で作った曲です」

 ルナウの後ろでアッシュが深く頭を下げる。

「それでは聞いてください。『願いの花』」


 私は姿勢を正し、じっと舞台を見つめていた。


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