第86話 アイドルだった私、初めての敗北感

「さぁ、張り切ってやるわよ~!」


 朝から絶好調!

 ……だったのだけど、さすがにメンバーたちは皆くたびれた顔をしていた。長旅の後、気を張った状態での宴会。そりゃ、疲れるわよねぇ。


「リーシャ、今日の予定は?」

 アルフレッドに聞かれ、皆の前でざっと説明をする。音楽隊は楽器の調整と音合わせ。演者たちはフォーメーションチェックと衣装合わせ。最終的な流れを確認してゲネ(リハーサル)、と、まぁ、なかなかハードである。


「せっかく王都に来たのに、どこにも行けませんの?」

 少し拗ねた顔をするアイリーンに、言う。

「大丈夫。公演終わったらちゃんと遊ぶ時間も用意してるから」

「本当ですかっ?」

「もちろん! 他のみんなだってせっかくの王都、見て回りたいだろうしね」

 何より私自身、遊びに行きたいもの!

「では頑張りますわっ!」

 現金なものだ。


 それでも、皆のモチベが上がるのは大事なこと。私はメンバーたちを鼓舞し、その日の予定をこなしていく。


 疲れた体に鞭打って……とはいえ、ここにいるメンバーは全員が気の知れた仲間である。いい舞台を作りたい、という気持ちは間違いなく一致しているのだ。確認事項含め、すべてが順調に進んでいった。


 衣装合わせでは、デザイナーであるロミ・ドントがこの公演のために考案してくれたドレスを試着。さすが、大都会の流行最先端デザイナーだけあって、どれもこれも素晴らしい出来! 私が要望していたドレスもイメージ通りに仕上げてくれてる。


「休憩が済んだら、通しましょう」

 コンサートというのは、本番に至るまでの道が一番長い。今まで練習してきたことをたった一度披露するだけの場所。何度も確認をし、音や振りを合わせ、最善な状態へと持って行く。神経も体力もすり減らし、本番は半ば気合だけで乗り切るような感じすらある。

 だからこそ、日頃の体力作りが重要になるってことなんだけどね。


「それにしても……」

 休憩に入る度、ルナウとアッシュがコソコソと何かを離しているのがほんっとに気になるのよね。結局あの二人、ゲネプロでも披露しないっていう徹底っぷりなんだもん。普通そんなこと許されませんけどぉ~?

「本当に秘密なのですね」

 アイリーンが私の視線の先を追い、クスッと笑う。

「笑い事じゃないわよ、まったく」

「あら! お姉様を出し抜いて本番で何か大きなことをやらかそうとするなんて、なかなかの度胸ですわっ。私、楽しみにしておりますもの!」

 屈託のない笑顔で言われ、ぐうの音も出ない。


 確かに、この私を出し抜こうだなんてある意味すごいこと考えてるわよ。ずっと一緒にやってきたアッシュがいるからこそ可能だったんでしょうけど。でも、ルナウには華があるし度胸もある。それは認めざるを得ない。


 結果どう転ぶかはわからないけど、あとはもう野となれ山となれなのよ!

 流れを確認しながらざっと通す。いつものように、皆の度肝を抜いてやろうじゃない!


 私はこの時、ただそれだけを考えていた。


*****


 そして翌日、いよいよ本番が始まる。


 広い会場には、招待客が集まり始めていた。王都だけあって、緊張感は普段の倍……いや、それ以上だ。なにしろ集まってる面々がキディ家をはじめとする王家の人間だったり、その脇を占めてる公爵家だったりするんだもの。


「さすがに……足が震えるぞ」

 珍しくアルフレッドが舞台袖から観客を覗きながら呟いた。

「怖気付いたんですか?」

 そんなアルフレッドをケインが煽る。いい度胸してるじゃないの!

「ばっ、誰が怖気づいたりするもんかっ。これは武者震いだからな!」

「ああ、それならいいのですけど。ま、アルが怖気づいたとしても、僕がちゃんとカバーしますので問題ありません」


 言い切った~!

 私、思わず吹き出す。


「てめ、言うようになったな!」

 アルフレッドが笑いながらケインの頭をもしゃもしゃと撫でた。今のでメンバーの緊張が、緩んだ。

「さぁ、て。私もだけど、緊張マックス! このドキドキをワクワクに変えて、舞台の上で弾けましょうね!」

 皆で顔を見合わせ、頷き合う。


 コンサート前恒例の『凧踏み』の儀式をし、円陣を組む。

「今回のテーマは『伝える』だからね。普段言えないような気持ちを、普段言えないような人に伝える。感謝を。愛を。私たちも心を込めて、舞台に望みましょう」

『はいっ』

 皆が返事をする。よし、いこう!


「マーメイドテイル~!」

『ゲット、ウォーター!』

 気持ちを一つに、舞台へ。


 小手先のお遊びは一切抜きだ。最初から飛ばして、そして優雅に、美しく!

 私は舞台の上に立つと、大きく体を曲げお辞儀をした。


「皆様、本日はマーメイドテイルのコンサート兼、キディ公爵家舞踏会にお越しいただき、ありがとうございます! 本日は最後まで、どうぞお楽しみいただきますよう。よろしくお願い致します」

 客席を、見遣る。


 ……あれ?

 心なしか、お客さんたちの視線が……冷たい?


「では、まずはマーメイドテイルの新人メンバーによる曲、『未来へ!』です!」


 そう叫ぶと同時に、楽隊がスッと立ち上がり音を出す。アップテンポなリズムと明るい歌詞。ニーナのアクロバティックな振り付けと、ルル、イリスのハーモニーが響く!



。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


まるで陽の光のように温かい その瞳の色

明日へ向かうゆるぎない一歩 踏み出した時

繋いだ手 伝わる体温

気持ちまで 伝えて快音


歌え!

どこまでも響くこの声 大切な人と未来へ

歌え!

下を向き歩いてたあの頃 二度と戻らないよう


こんな気持ちになるなんて

俯いていたら気付かないまま

暗闇の中で過ごしていた

光の扉 今 開け放ち


踊れ!

僅かでもこの気持ちを乗せて 思いを届ける

踊れ!

体全部で表現するんだ この歌声と共に


明日じゃない

今、ここで

目の前の

あなたに贈るよ


歌え!

どこまでも響くこの声 大切なと未来へ

歌え!

下を向き歩いてたあの頃 二度と戻らないよう


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


 ――私は、初めて舞台の上で震えた。いや、震えている場合では、ないのだけれど。


 拍手もなければ黄色い声もない。

 観客はただ黙って、舞台の上をじろじろと見るだけ。

 いつもと違いすぎるその反応に、不安で心が折れそうになる。


「で、では次に、男性グループ『シートル』による曲をお楽しみください!」

 精一杯、声を出す。


 ねぇ、私の声、届いてる?

 私たちの歌、聞こえてる?


 どうして誰も、拍手をしないのっ?

 無反応って、どういうことなのよ~!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る