第85話 アイドルだった私、男の友情はいいもんだ
頭を抱えるバーナムに、私はなおも続ける。
「私、身分や階級を否定するつもりはありませんけど、なんでもかんでも身分や階級で線引きしようとするやり方にはあまり賛成できません。私はリーシャで、あなたはバーナム。私には、それ以上でも以下でもないので」
ああ、スッキリ!
こんなこと言ってただで済むのかは知らないけど、権力持ちに言いたいこと言うってめちゃくちゃ気持ちいいな、これ。
「……確かに、俺はキディ家ってだけで特別扱いされて、皆とは違う目で見られることに辟易してた。本当の自分なんか誰も見てくれず、王族だということだけで近付いてくる人間は多いからな。ルナウも同じだろう。だが、俺も同じってことか。子爵という階級でありながらルナウに近付くなど、身分知らずもいいとこだ、なんて思ってたわけだしな」
認めるわけね。うん、そうよ。
「ルル・ヴェスタはとても歌がうまくて、優しくて明るく、友人思いのいい子ですよ。ルナウ様の歌の指導も、一生懸命でした。ルナウ様も、ルルのそういうところが気に入っているのだと思います」
実際あの二人がどうなっているのかは知らない。ルナウが歌うことになってからその距離をぐっと縮めたのはなんとなく気付いてはいたけど……。
「そうか。……悪かった」
素直に謝られ、私の方が焦る。
「いえ、こちらこそ生意気な口を利いて申し訳ありませんでした。なにとぞお家取り潰しだけはご勘弁ください」
「……なんだそれ?」
「いや、王族ってそういうものだったりするんじゃなんですか?」
私、つい馬鹿正直に言ってしまう。だって王族ってそういうイメージあるじゃない?
「ぷっ、はははは! そんなわけないだろうっ。面白いな、リーシャは!」
楽しそうに笑い転げるバーナムの声を聞き、少し遠くで様子を窺っていた警護の人たちが驚いた顔でこちらを見ているのが分かった。
「舞台、本当に楽しみにしている」
涙を拭いながらそう言ってくるバーナムに、私はとびきりの笑顔で大きく頷いたのだ。
*****
「まぁ、そうよね……」
ベランダから戻ると、アッシュがこの世の終わりみたいな顔で私を見ていた。相手はルナウ以上……王位継承第二位にいる人物だ。そんな人に呼び出され、ベランダで人払いまでされ、二人きりで話していた。それが一体何を意味するのか。うん、誤解なんだけどね。
私はアッシュの元まで足を速め、
「バーナム様、ルナウのことが大好きみたいなのよ」
と告げる。
「……え?」
アッシュが変な顔で私を見た。
「ふふっ」
思わず笑ってしまう。
「なっ、何がおかしいんですか、リーシャ様っ」
狼狽えるアッシュに、さっきあったことを正直に話す。本来の目的は、アッシュが思ってるであろう変な誤解を解くためだったんだけど、どうやらそう簡単でもない。というか、アッシュの想像力が豊かすぎる!
「そうやって誰かれ構わず突っ込んでいって、リーシャ様は隙だらけなんですよっ。これでもしバーナム様から好意を持たれでもしたらどうするつもりなんですかっ?」
「えええ? そんなバカな」
「は? バカなのはリーシャ様です! いいですか、リーシャ様は見た目だけでなく心も美しいのです! そんじょそこらの令嬢たちとは趣が異なりますっ。そんな魅力的な女性がホイホイ近付いてきたら、男性は皆イチコロですよっ? その相手が第二皇子だなんてことになったら、もう私などなす術がないでしょう!?」
必死である。
「ああ、わかったわかった。以後気を付けるようにするわ」
私、つい適当にそう答える。
「……わかってないお返事ですね?」
睨まれる。
「わ、わかってるって!」
うん、そうね。確かに私、相手構わず突っ込んで行きすぎるってのは間違いない。さすがに王都でそれをやるのは危険よね。もう少し気を付けないとだな。
会場を見渡すと、最初の緊張状態もだいぶ解けてるみたいで、みんな楽しそうだった。バーナムもメンバーに積極的に声を掛けてくれてるみたいで、音楽隊の人たちも緊張した顔しながら挨拶してる。きっと彼らにとっては、名誉な出来事になるんだろうな。
「なんとしても、成功させなきゃね、王都公演!」
私は鼻息も荒く、手にしたグラスを一気に煽った。
「ちょ、リーシャ様、それは!」
慌てて止めに入ったアッシュの手が空を切る。そんなに必死で、なによもぅ、と思った時にはもう既に遅い。私、ぐらぁん、と天井が揺れる。
「ほぇ?」
「アルコールですよそれは!」
アッシュが慌てて私を支える。ああ、お酒だったのかぁ~。やだなぁ、そんなの言ってくれなきゃわかんないじゃない。でも、美味しかった。ふふ、実は私、いけるクチだったりして?
「しっかりしてくださいよ、リーシャ様っ」
アッシュに支えられながら説教を喰らう。
「何でもかんでも無理しすぎです。もう、ここはルナウ様とマクラーン公爵夫妻に任せて先に休まれては?」
「ええ~? でもそれはさすがにぃ」
ふにゃふにゃしている私に気付いたアイリーンが駆け寄る。
「お姉様っ? どうしたのですか?」
私の顔を覗き込んだアイリーン、空になったグラスを見つめ、溜息をつく。
「アッシュ、申し訳ないけれどお姉様をお願いできる? あとのことはこちらで」
「大丈夫ですか? アイリーン様」
「私だってこの程度のパーティーを回すことくらいできますわ。ランスやアルフレッドもおりますし、問題ありません」
ああ、なんだか眠くなってきちゃった。
「ほら、お姉様、寝ないで! アッシュ、よろしく頼みます」
アイリーンに言われ、アッシュは大きく頷いた。私は半ば引きずられるみたいにして会場を抜けると、迎賓館からルナウの屋敷まで馬車で移動することになった。歩いたってすぐの距離だけど、まぁ、私歩ける状態じゃなかったしね。
「目が離せないな、まったく」
馬車の中でアッシュはそう呟いた。怒っているのかと思ったのだけど、そうでもないような声。
「アッシュ、なんで私はあなたの膝の上に乗ってしら?」
半分寝ぼけたような状態で訊ねる。馬車に乗り込むとき抱き上げられたまま、何故かその状態で座っているのだ。
「降ろすときに楽だからです」
耳元でそう囁くアッシュの声を聞きながら、私は心地よい眠りに誘われてしまう。
「こうして、ずっと抱いていられたらいいのですが」
アッシュの独り言は、私には聞こえなかった。
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