第87話 アイドルだった私、テーマは『伝える』だけど

 シートルの曲が流れる。

 サビから始まるこの曲は、最初から飛ばしまくりのめちゃくちゃイケてる曲なのだ。いつもならここで淑女の皆さまたちがキャーキャー黄色い声援を発しながら……ねぇ!?


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo


さぁいこう! 今日は定められた出発の日

恐れずに向かう 己の心だけ携え

さぁいこう! 今日は運命が動き出す最初の日

不安など捨てて 己の力だけ信じて


新しい景色 新しい出会い

何もかも知らない事ばかりの旅路だ

新しい仲間 新しい自分

行く先の地図などどこにもない旅路だ


踵を鳴らせば 見たこともなかった世界の光

顔を上げてほら 木漏れ日の中を進めばいい


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


 ダメだ。


 誰一人として舞台前に歩み寄ってきたりしない。客の目は確かに舞台を捕えているのに、興味というよりは怪訝な顔して見てる。なんで? シートルのみんなも戸惑ってる……。


 そう……だよね。

 こんなに反応がない舞台、やったことないもんね。


 ごめん、何がいけないんだろう。

 私は必死に頭を切り替える。このままじゃダメだ。なにか……何か考えなきゃ。


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


さぁいこう! 今日は待ちに待った出発の日

はやる気持ち抱いて 己の姿見つめ直し

さぁいこう! 今日は歴史を作る分岐点になる日

荷物は最小限に 己の宝箱抱いて


さぁいこう! 今日は定められた出発の日

恐れずに向かう 己の心だけ携え

さぁいこう! 今日は運命が動き出す最初の日

不安など捨てて 己の力だけ信じて


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


 曲が終わる。

 と同時に舞台の前に出たのは、ルナウ。息を整え、皆の前に立つ。


「本日は、キディ家にようこそ!」

 会場がざわりと揺れた。


「私、ルナウ・キディです。紳士淑女の皆さまのほとんどが初めまして、になりますでしょうか? なにしろ社交界嫌いの引き籠り男ですので」

 会場のざわざわが大きくなってくる。会場の皆さん、彼がルナウ・キディだって知らずに見てたのかっ。てか、ちょっと待ってキディ公爵が石みたいに固まってるんだけど、あれ大丈夫なのかな?


「このような会は見たことも、聞いたこともない。だから周りの反応を見てどうするべきか考えている。……とまぁ、皆さんそんなところでしょうね」


 え? そうなの?

 ルナウの言葉に、会場がまたざわりとする。


「いいですか皆さん。今日のこの会は、本日一日だけの特別なものです。我々の着ている衣装は、今を時めく服飾デザイナー、ロミ・ドントとマーメイドテイルのリーシャ・エイデルによる完全新作!」

 バン、とロミを紹介し、会場にいるロミを立たせる。


「おお、ロミ・ドントの!」

「道理で、斬新なデザインだと思った!」

「見たこともないデザインよねぇ」

 やっと会場から声が漏れ聞こえてくる。


「さぁ、今宵は一夜限りの限られた夢の世界! 見て、感じたままに楽しんでいただければ幸いです!」

 大袈裟に振り付きでルナウが言うと、会場から拍手が聞こえ始める。ああ、拍手が……やっとだ。


 私、大きく息を吐き出しルナウを見る。器用にウインクを決めてくるルナウに、私は親指を立てて答えた。


「さぁ、趣旨を理解していただいたところで、もうひとつ」

 私、畳みかけるように話を続ける。


「私は、伯爵家に生まれました。そして舞台の上にいるメンバーの中には、公爵家の者も、子爵家の者も、元メイドも宿屋の娘もいる」

 私の言葉を聞き、怪訝な顔をする人もいた。うん、階級が上がれば上がるほど、きっと理解できないと思うんだろう。縦社会の中にいるとそうなるんだ。立場が上の者が、偉い。そして偉いが正義に。だけど……、


「だけどそんなこと関係ない。私は、舞台の上ではみな平等であり、それぞれが得意なことを精一杯発揮することで人々を感動させたい。そう思ってます」

 そうよ。みんな違う魅力。そして熱意を向ける先は、みんなわかってる。


「同じ目標に向かって手を取り、今日までやってきました。ルナウが入ってくれたことで、また更に世界は広がった。王都での公演は、私たちの夢の一つでした」

 アイドルなんてもの自体、存在しなかった世界。

 私は、独りだった。


「同じ夢を追いかけて、一緒にこの舞台に立ってくれた仲間に、私は心からの感謝を述べたい。そしてキディ公爵様、この場に私たちを立たせてくださったこと、心より感謝いたします」

 石みたいになってるキディ公爵にも声を掛ける。


「今日は、皆様に提案があるのです」

 そうだ。ここからがこの会の核心!

「日頃、なかなか伝えられない思いを、大切な方に伝えてみませんか? 今日のこの日、私たちの奏でる音楽に乗せ、ダンスと共に!」


 パン!

 と手を叩く。


 合図に反応するように音楽が流れる。編曲済みの『シンクロ』クラシックバージョンだ。


「さぁ、手を取ってください。あなたの大切な人の手を! そして想いを伝えてください。それは愛の形。言葉でなければ伝わらない思いが、きっとあるはずです!」


 願わくば、階級も無視して手を取ってくれたなら……。

 会場に視線を落とす。どこかに、ジャオはいるかしら? ちゃんと大切な人の手を、取ったかしら?


 視界の片隅にジャオの姿を捕える。


 音楽が流れ、ルルとイリスが澄んだ美しい声でハミングを奏でる。メンバーたちは舞台の上で、ダンスを踊る。基礎に沿った、ちゃんとした社交ダンスだ。それに釣られるように、会場でもバラバラとダンスを踊り始める姿。


「よしっ」

 小さくガッツポーズをとると、ルナウが客席に向かって歩き出す。


 ん? ルナウ、誰と踊るつもりなんだろう?

 私はルナウの進む先に目を遣った。

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