第79話 アイドルだった私、初めての……

「嫌ですよ!」


 やっぱり、断られる。


「そう言わないで。ね?」

 私、精一杯可愛くお願いする。が、

「なんで私が舞台に立たなきゃならないんですかっ」

 必死の形相で断っているのは、アッシュである。


「いいじゃないか、アッシュ~。一緒にやろうぜぇ?」

 ルナウが可愛く(?)迫る。

「はぁぁ? あなたまで何を言っているんですっ。いいですかっ? 私は音楽家ですよ?」

「知ってるわよ」

「そうだな」

「わかってるならなんで舞台に立ってほしいなんて無茶なことをっ」

「歌って踊れなんて言わないわよっ。舞台の上で、楽器弾いてほしいのっ。ね?」

 アイリーン方式のあざとい『小首を傾げてお願いポーズ』を取ってみるも、アッシュは首を横に振り、

「ないないないない!」

 一向に首を縦に振ろうとはしない。


「そんな悲しいこと言うなよぉ~。俺とアッシュの仲だろぉぅ?」

 何故かルナウがアッシュにしなだれる。

「えええっ? なんですかっ? ちょっと、リーシャ様、彼ってこんなんでしたっけ?」

 本気で驚いて、本気で困惑しているアッシュがおかしくて、私は声を上げて笑ってしまう。他のメンバーも、オタオタしているアッシュを見て笑う。ルナウは調子に乗って頭をぐりぐりと押し付けたりしている。

「やめてくださいよっ」

 逃げるアッシュ。


「諦めた方がいいぞ、アッシュ」

 アルフレッドが声を掛ける。

「そうだな、今までリーシャが『やる』って言ったことは全部やってきただろ?」

 ランスも追随する。

「二人とも、助けてくださいよっ」

 情けない声を出すアッシュに、アイリーンまでもが

「お姉様は言い出したら聞きませんわ。そんなのアッシュだってわかっているでしょう?」

 とどめのような一言を放つ。

「えええ、」

 アッシュとしては、表舞台に立つこともさることながら、相手がルナウであることも素直に頷けない理由なのだろう。


「ってことで、よろしくな、アッシュ!」

 ポンポンとアッシュの肩を叩くルナウ。アッシュはもう何も言い返せず、黙り込むのだった。


*****


「リーシャ、少し時間、あるか?」

 練習終わりにランスからそう言われ、庭に連れ出される。

「どうかした? ……もしかしてルナウがなにかっ」

「ああ、違う違う。あいつは頑張ってるよ」

 半笑いでそう言うと、表情を硬くする。


「……なにか、あった?」

 不穏な空気。


 嫌な予感。

 急に胸が苦しくなる。


「ん。……俺、今度の王都の公演が終わったら、シートルを抜けようと思って」


「えっ?」

 耳を疑う。


 まさか、ランスがそんなことを言ってくるなんて思ってもいなかったのだ。


「なんでっ? どうしてそんなっ」

 思わずランスに掴みかかってしまう私。掴みかかった私の手に、ランスが自分の手をそっと重ねた。

「リーシャには感謝してる。俺、本当にシートルが好きだ」

「だったら!」


「親父がさ、病気みたいなんだ」

「えっ?」

 ランスの父親。ダリル伯爵。ここ最近は会っていないけど……そんな、

「そんなに悪いの?」

 声を潜める私に、ランスが苦笑いする。

「正直、どの程度悪いのかはわからないんだけどさ。呼吸がままならなくて寝込んでしまうこともあってな。さすがに俺、このまま自分の好きなことだけ続けるわけにいかないな、って思って」

「……そう……なの」


 伯爵家の長男。


 年齢的にも、もう家の仕事を手伝い始め、自立に向けて動き出す頃なのだろう。それはわかる。わかるのだけど……。


「アルフレッドには?」

「言ったよ。あいつも悩んでる。俺だけに背負わせることを申し訳ないと思ってるみたいだ。あの、アルフレッドが、だぞ?」

 ふふ、とランスが笑う。

「アルフレッドにはシートルを引っ張って、守ってくれって言ってあるよ。だから、大丈夫だ」

「それは、」

 シートルのことはいい。そうじゃなくて、今大事なのはそこじゃなくてっ、

「志半ばで申し訳ないとは思ってるけど」

「そんなことじゃなくてっ」

 私、思わず声を荒げてしまう。


「ランスがいなくなるなんて、私、考えたこともなかった。ううん、ランスだけじゃない。私、誰かがこんな風に急にいなくなるなんて、考えたこと……ない」


 ほろり、と何かが零れ落ちる。


「いつかは、そうなるのかもしれないって思ってはいたけど、でも、それはずっと先の話で、だから、まさかそんな」


 ほろり、ぽたり、流れる。


「ごめんな、リーシャ」

「謝らないでよっ、ランスのせいじゃないじゃないっ」


 そうだ。これはランスのせいではない。誰のせいでもない。だからこそ、悲しくて悔しい気持ちになるのだ。


「それで、アイリーンのことなんだけど」

 パッと顔を上げる。

 そうだ! アイリーンはどうなるのっ?


「うまいこと、俺のこと諦めるように仕向けてくれないか?」

「えっ?」


 ぐわん、と地面が揺れる気がした。


「なん……で、」

「アイリーンのことは好きだ。もう少し時間があれば、違った未来もあったかもしれない。だが、家業を継ぐことになれば、なかなか会うことも出来なくなる。マーメイドテイルだって長く続けたいはずだし、なによりアイリーンはまだ若い。俺なんかよりもっと、」


「もっと、なんですのっ?」


 後ろから、声。それは紛れもなく本人の、声なわけで。


「アイリーン!」

「……おい、聞いて、」

「ええ、聞かせていただきましたわっ」

 腰に手を当て、ランスを睨み付ける。


「どうして言ってくださらないの? 私を待つ、と。いつまでも待つ、と」


 つかつかと歩み寄り、アイリーンがランスの胸ぐらを掴んだ。今にも殴り掛かりそうなアイリーンに、私、焦る。


「ちょ、アイリーン!」

 止めに入ろうとする私の目の前で、アイリーンがランスの胸倉をグイっと引き寄せた。


「私はランス様が好きなのです」

 そう言って、のだ。


 目の前で、キス。まさにで!!


「あと五年したら、ランス様の元へ行きますわ」


 そう言ってにっこり笑ったのである。

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