第80話 アイドルだった私、本番目前!

 アッシュを舞台に引きずり上げるという案を出してから三日。何故かアッシュは、稽古に顔を出さなくなった。


 私がやりたいことは理解してくれている。そして、渋々ながら、了承も得た。にもかかわらず、彼は来ない。どうしてか?


「大丈夫だ。俺とアッシュ二人でちゃんと練習してるから心配はないぞ」

 ニヤニヤしながらルナウが言う。

 どうやら、ルナウとアッシュは、私にも秘密で事を進めようとしているのだ。

「なんで秘密なのよ!」

 憤慨する私に、ルナウが言う。

「せめてもの抵抗らしいぞ? リーシャの毒牙にかかったことを嘆いて、復讐しようとしているらしい」

「は? なにそれっ」

 というわけで、なんと本番まで二人のパートは見せてくれないつもりらしい。私にサプライズしてどうするのよっ。


 そして、ランスとアイリーン。


 とんでもない瞬間を見せつけられた私は、どうしていいかわからずオタオタしてしまったのだけど、アイリーンったら本当に、芯が強いというかなんというか。


『五年経ったらランス様と結婚します』


 と逆プロポーズのようなことをし、けれど、公に婚約などはしないんだって。

 理由は簡単。


『人の気持ちを縛り付けることなど出来ませんから』


 って、あなたいくつなの!?

 人生、何度目!?


 お互いの気持ちが変わらなかったら結婚しましょう、ということらしい。


「ルナウ様、また音が外れてますっ!」

 最近、ルナウはルルとイリスの下、歌のレッスンに余念がない。というか、進んで歌のレッスンをしているように思える。

「外れてないって~」

 軽いノリのルナウに、ルルが

「この部分、半音違いますもの!」

 楽譜片手に厳しめの突っ込みを入れる。


 多分ルルは絶対音感があるのだ。ほんの小さなずれも聞き逃さない。

 普段はそんなに厳しく誰かに意見したりはしないのだけど、何故か、厳しい。あの飄々とした態度が気に障るのかな?

 そしてルナウも、怒られるのが楽しいかのように、いる。


 ……ん?


 とまぁ、それはさておき、本番が近い。


*****


「ねぇ、なんで見せてくれないわけ?」

 久しぶりに顔を出したアッシュの裾を掴み、拗ねた顔で文句を言ってみる。

「そんな可愛い顔しても無駄です。リーシャ様には当日まで見せません」

 ツーンと顔を逸らし、アッシュ。

「だって、私がそれでオッケー出すかどうかわからないじゃないっ」


 意図は伝えた。イメージも。アッシュのことだから、多分私がやりたいことをきちんと理解はしてくれているはずだ。そこに関して、不安はない。けど、何をするか全くわからない、ってのは気になる。


「私を無理やり舞台に上げるような真似をしたんですから、仕方ありません。出るからにはきちんとやりますが、内容は一切教える気、ないんで」

 あああっ、半笑いでそっぽ向いてるっ。

「ぐぬぬぬ、」

 返す言葉もなく、私は唇を噛む。


「それより、ランス様とアイリーン様、何かありました?」

 顔を寄せ、声を潜めるアッシュ。

「へっ?」

 唐突に核心を突かれ、焦る。

「……ああ、やはり何かあったのですね」

 速攻バレてしまう。


「とはいえ、リーシャ様の態度からして、悪いことではなさそうだ」

 そんなに顔に出るかな、私っ?

「ケイン様はまだ気付いてないようですが、大丈夫なのですか?」

「……う、ん」

 このことが知れたら、大丈夫では……ないかなぁ。


「ほほぅ、そこには懸念がある、と」

「ちょっとっ、私の反応見て探るのやめてよ」

 そう、抗議すると、

「リーシャ様の百面相が面白くて、つい」

 くすくすと笑うアッシュ。


 ほんの数日、顔を出さなかっただけなのに、なんだかアッシュの顔を見ていたらホッとする。やはり彼の存在は、マーメイドテイルにとって大きいのだな。


「数日会わなかっただけなのに、ずっと離れていたかのようです。本当はリーシャ様に会いたかった」

 優しい、眼差し。

 意味もなく鼓動が早まった気がして、私は慌てて顔を背けると、


「勝手に姿を晦ませたのはアッシュでしょ!」

 と言ってむくれた。

「そうでしたね。寂しい思いをさせてすみませんでした」

 おどけたようにそう言われ、なんだか恥ずかしくなる。

「べっ、別に寂しくなんてなかったしっ」

「おやおや? そうですか?」

 ぐいっと私の顔を覗き込み、じっと目を見つめた。眼鏡の向こうの瞳に私が写っているのが見えた。


「さっ、休憩お終い! みんな集めて最初から通しでやってみようっ」

 ホール中央に立ち、散らばっているメンバーに声を掛ける。


 あと数日。


 数日したら、王都での公演である。


「この一回で、私たちの今後が大きく変わるかもしれないんだ」

 そう、呟いてみる。


 未来なんかわからない。正しい道なんかわからない。それでも、正しいと思った道を選んで、進むしかないのだ。


「準備はいい? それじゃ、スタート!」

 パン、と両手を叩く。


*****


 出発の日の朝、私とアイリーンは父マドラの元に挨拶をするため、書斎に出向いた。当たり障りのない会話。ルナウとの婚約を水面下で進めていたりするのかどうか、顔を見る限りではわからない。


「では、くれぐれも失礼のないように」

「承知いたしました」

「行ってまいります」

 部屋を出ると、女中長のマルタが急ぎ足でやってくる。

「お嬢様! お客様がお見えなのですがっ」

「お客? こんな時に?」

 これから出掛けるというタイミングで、一体誰が訪ねてくるというのか。

 慌てて玄関へと出向くと、そこにいたのは予想外の人物。


「え? なんで……?」

「お久しぶりです、リーシャ様」


 黒髪に深い闇色の瞳。王室騎士団、副団長にして、私の初恋&失恋相手でもあるジャオ・デラスタと、数名の騎士団員。


「お迎えに上がりました」

「お迎え?」

「王都まで、送り届けるようにとの命です」

「ええっ? 護衛ってこと?」

 そんなVIP対応、ある!?


「前回の野盗の件もありますからね。くれぐれも丁重にお連れするように、と言われております」

「……ん? 誰から?」

殿がお待ちですよ」


 は? ナニヲイッテルノカ、ワカラナイヨ。



第四部、完


第五部へと、続く……


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お知らせ

カクヨムコン9参加中!

キリのいい第四部が終わったこのタイミングで、一旦休載いたします。

これは、アイチョロがまだまだ続きそうなためです。

応援いただけるようであれば、ハート、星、レビューなどいただけると嬉しいです!

公募用作品執筆のため一旦休載となりますが、どうぞ今後ともお付き合いいただければ幸いです。(。•ㅅ•。)♡

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国民的アイドルを目指していた私にとって社交界でトップを取るなんてチョロすぎる件 にわ冬莉 @niwa-touri

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