第69話 アイドルだった私、都会は洗練されていると知る

「うっわぁぁ……」

 馬車を降りると、王都一だという市場に向かう。これはもう、市場というよりは普通に商店街よね。店構えも田舎とは大違いで立派だし、色んな店がずらりと並んでいる。そして、人の数も多いし、街の人たちの服装もみんなお洒落だわ!


「もぅ、お姉様ったら田舎者丸出しの態度はやめてくださいっ」

 アイリーンに言われ、声のトーンを落とす。

「ごめぇん、久しぶりにこんなに沢山の人間見たなぁ、って思って」

「え? 久しぶりって……?」


 おっと。ついけど、アイリーンには何のことかわからないわよね。は引き籠りで、人混みなんか知ってるわけないんだもん。


「あ、うん、なんでもない。つい、興奮しちゃって」

 笑って誤魔化す。


「さ、じゃ、行こうか」

 ルナウが私の手を取った。

「へ?」

「人が多いからな」


 見ると、ケインもアイリーンの手をしっかりと握っていた。まぁ、このメンバーで手を繋ぐならこの組み合わせしかないわよね、やっぱり。ぐるりと辺りを見渡せば人波。迷子になるのを避けるには、仕方ないか。


 ルナウの案内で、私たちは街の中を闊歩する。大きな教会や美術館、屋台で食べる串焼きや道端の大道芸。貴族のお堅い案内ではなく、私やアイリーンが楽しむに値する色んな視点からの観光で、ハッキリ言ってめちゃくちゃ楽しかった!


「で、ここがうちの使ってるブティックだ」

 途中、連れられたのは立派な店構えの高級洋品店だった。中も広く、店員の数もリベルターナとは比べ物にならなかった。今王都で流行っているのであろう、色とりどりのドレスやタキシードが所狭しと並んでいる。

「へぇぇ、やっぱり田舎町とはラインナップが違うわねぇ」

 チラ、と見ただけでもデザインが洗練されているのがわかる。それになにより、生地もかなりいいものを使っているのか触り心地が抜群だ。そして値段もえげつない。

「たっか!!」

 思わず声が駄々洩れる。


「リーシャにはどんなドレスが似合うだろうな。これとかどうだ?」

 ルナウが一着のドレスを指す。胸がぱっくりのセクシー系ドレスである。下心見えなかった。

「ハッ」

 思わず鼻で笑ってしまう。もちろん、目は笑っていない。

「いや、似合うって!」

 ルナウは真剣らしい。


 それに引き換えケインは、


「アイリーン嬢には、このレースをあしらった淡いガドーシャ色のドレスが似合いそうです。ガドーシャの花言葉をご存じですか? 『揺るがぬ美しさ』です」

 ケインはすごい。なんというか、スマートだ。まだ十四歳なのに……。


「王都のブティックって、どのくらいあるのかしら?」

 何とはなしにそう、口にすると、


「洋品店、という括りで言うなら百近いぞ。ただ、貴族相手の商売をしている高級店に絞ると二十五くらいだな。だが公爵家が経営してる店は厄介だ。力に任せて小さい店を潰しにかかることもあるからな。王室御用達のブティックは三店舗。ここもその一つだ。うちが利用してるのも、そういう関係だ」


 あ、色々調べたってあれ、嘘じゃないんだ。


「もし、本当に王都に店を出す気があるなら、冗談じゃなく俺が力になるよ。そうでもなきゃ、こっちに店を出しても潰されるのが目に見える」

「えええ、」

 やっぱり権力者が集まる場所って厄介。私は嫌だな、そんな面倒な政治は。タリアがどう思ってるかは知らないけど。


「これはこれは、ルナウ様!」

 店の奥からわかり易く揉み手で出てくる白髪の男性。

「ああ、久しぶりだな、店主」

「まさか店に直接おいでいただけるとは、光栄でございます! ……こちらのお嬢さんは、もしやっ?」

 キラキラした目で私を見る店主。変な誤解をしているに違いない。

「婚約者だ、と言いたいところだがな、まだ違う」

 、じゃないわ。違うの。と言いたいところだったが、マクラーン公爵の顔がチラついたのでやめた。


「まだ、とは? ああ、そうですか」

 なんで今ので納得した!? ああそうですか、って、何がっ? は?


「ちょうど先程入ったばかりの新作も用意してございますので、どうぞこちらへ!」

 店の奥へと案内される。


 そこはアトリエのような部屋。きらびやかなドレスがトルソーに着せられ鎮座していた。アイリーンが目を輝かせる。

「まぁ、なんて綺麗なの!」

 確かに、綺麗だった。ドレスに興味が薄い私ですら、目を奪われたのだから相当なものだと思うけど……、


「やっぱり都会は洗練されてるわね」

「そう思うか?」

 ルナウに聞かれ、素直に頷く。

「私のブランドなんか、王都じゃ通用しそうもないわ。タリアにはそう言っておく」


 彼女がどれくらい本気で王都進出を考えているかはわからないけど、利権が絡む可能性が大きい商売に、わざわざ手を出して身を危険に晒すようなことはしない方が良さそう。


「まぁ、いきなりは無理だろうな」

 ルナウがフフン、と意味ありげに笑う。私が首を傾げると、

「でも、新進気鋭の服飾デザイナーと共作する、だったらどうだ?」

「……え?」

「今ここにある服のデザインをしたのはロミっていうデザイナーでさ、王都で、最も注目されてるファッション界の新星なんだ。で、今日は、そのロミを呼んであるんだ」

 したり顔でそう言ってくるルナウ。


「リーシャのドレスの話をしたら、彼も興味があるって! 舞台も見てみたいって言ってた。ほら、この間の、新作ドレスをみんなの前で行進させる、あれ!」

「ああ、あれね」

 確かに、まだこの世界に『ファッションショー』なるものがないのだとしたら、あのやり方はファッション業界の人にとって目から鱗の大イベントになる可能性はあるわね。


「お姉様、見て!」

 話し込んでいた私にアイリーンが駆け寄る。いつの間にか、新作ドレスに身を包んでいた。

「かっわいぃぃ!」

 ドレスも可愛いんだけど、ニコニコでキラキラのアイリーンがめちゃくちゃ可愛いの! 多分ケインも……、と目を遣れば、


「あああ、僕の天使、」

 と呟きながら、何故か壁に手をついて口元を抑えている姿が見える。うん、わかるよ、ケイン。我が妹、可愛いよな。


「この部屋にあるものはすべてリーシャとアイリーンのために用意したんだ。是非、今夜の会食に着てくれ」

「また、そんな勝手な、」

「俺は真剣だよ、リーシャ」


 真面目な顔で私を見つめるルナウの顔は、確かに以前とは違ってきていた。

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