第70話 アイドルだった私、デザイナーと対面
ハーベス・キディ公爵のお屋敷は、王都の南にある。中心部までは馬車で数十分という近さであるという。王室関係者といえども、そこまで王都に近い場所に屋敷を持っているのは、ハーベスだけらしい。
それは、ハーベスが前国王の弟であり、ある特殊な立ち位置にいたことと関係がある。
王都、というからには、王様が住んでいる都なわけで、国王はというと、王都の中心にある城に住んでいる。
「で、なんで迎賓館……?」
国王が要人を招く際に使われるもの。それが迎賓館である。今、私とアイリーンはその『迎賓館』にいる。王都で大人気の新作ドレスに身を包んで、新進気鋭のデザイナーと一緒に食事中。なにこれっ?
「迎賓館と言っても、こっちの建物は王族が親しい友人なんかを招くためのものだからな。大したことないんだ」
そう言ってテーブルの上の食事を口に運ぶルナウ。オードブルから数えて、今で四品目だと思うんだけど、これまたビックリするほど美味しい料理たち。彩も、香りも、味も。
広い部屋には楽隊の生演奏がムードを奏で、これ以上ないほどの雰囲気を醸し出しており……私は驚きの連続を受け止めながら、差し出されたパンも受け止める。
「お姉様ったらっ」
横でアイリーンが食べすぎですと言わんばかりに私を見るのだけど、ここのパン、とっても美味しいんだもん!
「では、リーシャ様がデザインをなさっているドレスは『ノア』というのですね?」
「そうです」
初めましての新進気鋭デザイナーは、名をロミ・ドントという。どこぞの子爵家の人らしいけど、ここ数年で名前が売れて、こうして王族関係者とも繫がりがあるってだけあって、迎賓館でも落ち着いた態度だった。こういう場にも、慣れてるってことなんだろうな。柔らかな茶色の髪に菫色の瞳。生み出すデザインもさることながら、その若さと容姿でご令嬢に取り入ってるんじゃないかなぁ、という印象も受ける。
ディナーは私とアイリーンだけが招待されていて、残念ながらケインは来られなかった。面白くなさそうな顔してたけど、大丈夫だったのかしらねぇ?
「一度じっくりデザインを見せていただきたいなぁ」
彼的には爽やかに笑っているつもりなのだろう。けど、なんだか好きになれない笑顔。ルナウに対しても態度が軽い気がする。一応彼、王族なんだけど? って、私が言うのもなんですけどね。
「今度うちでやるリーシャたちの公演、見に来ればいいさ」
「ご招待いただけるんですかっ? うわぁ、嬉しいなぁ。さすがルナウ様。本当にお優しい!」
わかり易いテンションのヨイショを目の前で聞き、懐かしさすら覚える。芸能界でもこの手のヨイショはよく目にしたものだ。
「よせよ、こんなとこで。照れるだろ」
これまたわかり易く乗せられてるルナウも、なんというか、アホっぽいっていうか、迂闊なんだけどね。
「あの、お二人はもう長いお付き合いなんですか?」
気になったので、聞いてみる。と、私の言葉を聞き、二人が顔を見合わせた。
「いや……、」
「まだ数回ですかね?」
「は?」
「ええっ?」
私とアイリーン、驚く。と、ルナウがコホンと咳払いをし、テーブルの上で手を組む。私とアイリーンの顔を見ながら、目一杯カッコつけて語り出す。
「リーシャの作ってるドレスを、どうやったら王都でスムーズに売ることが出来るかってことを考えて出した答えが、今人気のデザイナーとの合作、だ。で、今人気のデザイナーが、ここにいるロミ・ドント。二人を引き合わせて話を纏めれば王都でリーシャのドレスを売ることは可能だと思ったんだが?」
至極真面目な顔で、しかも何故かしたり顔でそう答えるルナウ。
「私も、ルナウ様に話を伺った時は驚きました。が、誰かとの合作で作品を出したことはないので、これはいい機会だと思いまして。しかもお誘いくださったのがキディ家の方だなんて、光栄ですよ!」
目、ギラギラだわ。ロミにしてみりゃ、棚ボタってことなんでしょうね。王族と直接の関わりが出来るなんて、デザイナーとしては箔が付く以外のなにものでもないだろうし。
「……先に言っておきますけど」
私、溜息交じりに告げる。
「リベルターナで私のドレスが売れているのは、私たちの舞台を見た人が私たちに憧れて買ってくれているだけのこと。王都では私のブランド力なんてゼロだから、私と彼の名前を並べたってお客さんは『?』ってなるだけなんじゃない?」
そんな私の言葉に、しかしルナウは怯まない。
「それなら心配ない。マーメイドテイルを王都で流行らせればいいんだろ? まずは我が家を皮切りに、王都での公演数を上げていけばいいんだ。そうだな……三日に一度の公演で、十本くらいやればそこそこ認知されるんじゃないか?」
「……は?」
一ヶ月丸々公演するってこと?
「そんなに長く滞在なんて、」
「うちの屋敷には離れがある。そこを使えばいいさ。音楽隊はこっちにもいるから、楽譜だけ渡してもらえれば連れて来る必要もない。メンバーも、全員じゃなくていい。リーシャとアイリーンさえいれば、マーメイドテイルは出来るだろ?」
「なに、勝手に決めてるのっ? スケジュールはこっちで、」
「帰したくないんだ」
私の言葉を遮り、強い言葉でキッパリと言い放つルナウ。
「リーシャの顔を見て、改めて思ったよ。俺はリーシャが好きで、結婚したい。なぁ、これからちゃんと頑張るからさ、このまま王都で暮らさないか?」
こっ、こんなところで結婚申し込むなぁ!
アイリーンが口に手を当て、息を呑む。
私がわなわなしていると、ロミがヒュゥ~と口笛を鳴らし、拍手をした。
「素晴らしい! まさかこのような大切な場面に遭遇出来るだなんて、私は幸せ者ですよルナウ様! お二人の挙式の衣装は、是非とも私にデザインさせていただき、」
「しないわよっ」
私、地の底から這い出る時のような声を出す。ルナウを見つめ、というか、半ば睨み付けたまま言葉を紡ぐ。
「前にも言った。私にはまだ、やりたいこと、やるべきことがある。結婚どころか、婚約もしない。それは相手が誰でも同じことなの。私を好いてくれるのはとても光栄なことだけど、お受けできません」
「ずっと一緒にいれば、気が変わるかもしれないだろ?」
引かない、ルナウ。
「明日には帰るわ」
「帰さない、と言ったら?」
売り言葉に買い言葉なのか、それとも本気なのか。よくわからないルナウの言葉を前に、私は王都に来てしまったことを悔やみ始めていた。
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