第68話 アイドルだった私、王族関係者に会う

「初めまして、キディ公爵様」


 私とアイリーンは公爵家でハーベス・キディとの対面を果たしていた。厳格、を絵にかいたような風体。わかり易く言うと、気難しそうなおじさん……おじいちゃん、かな?


 この人が、タルマン公爵未亡人、ミズーリのお父さんで、前国王の弟なわけね。ついでにルナウの祖父でもある。


「お爺様、こちらがリーシャ嬢。それと、妹のアイリーン嬢です」

 隣でルナウがそう、紹介してくれる。


「うちの孫の要望で、我が屋敷で舞踏会を開催するだそうだが?」

 キディ公爵がそう訊ねたのは私たちではなく、マクラーン公爵だった。

「ええ。ルナウ様からの書簡にはそうご依頼がありましたので、事前打ち合わせを、と」


 同じ『公爵』ではあるものの、やはり王家の人間の方が格上なのだろう。マクラーン公爵は屋敷の来る道すがら、私に何度も『くれぐれも失礼のないように』と言っていた。緊張した面持ちは、いつものマクラーン公爵らしくない。


「勝手にやってくれて構わない。打ち合わせなど必要ないだろう?」

 面倒臭そうにそう言うキディ公爵に、マクラーン公爵が首を振る。

「いやいや、普通の舞踏会をしようというのではありません。我々の公演は少し、風変わりなもので」

「そうですよ。私も説明しましたよね? 今まで見たこともないような素晴らしいものなのですよ、お爺様。叔母様が夢中になるくらいに!」

 ルナウの口から叔母、の言葉を聞き、肩をピクリと動かす。


「ミズーリは、来るのか?」

「いらっしゃいますよ」

 マクラーン公爵が言うと、

「そうか! でかしたな、ルナウ!」

 急にパッと表情が明るくなる。私とアイリーンを交互に見つめ、大きく頷いた。


「何でも好きにやりなさい。ミズーリさえ戻ってくれるのなら、なんでもいい!」

 なんとしてでも娘を手元に、という強い意志を感じる。でも、ミズーリはどうなのだろう? 単に『久しぶりに顔を見せに帰る』ような話ではないのだろうか? だとしたらキディ公爵の反応は、大分現実とはかけ離れているように思う。そもそも、ミズーリが困っていた時に手も差し伸べなかったというのが本当なのだとしたら、戻ってきてほしいなど、随分身勝手な話という事になる。


「では、予定通り公演を行わせていただく運びといたしましょう。招待客などはそちらにお任せいたしますが、こちらからも数名招待を考えております」

 そう口にするマクラーン公爵をひと睨みすると、

「ほぅ、どこのどなたを?」

 と訊ねる。


「昨日のお話は聞いておられますか?」

「ああ、賊に遭遇したとか。大変だったようで」

「ええ。その際、王室騎士団の副団長でもあるジャオ様にお世話になりまして」

 とくん、と小さく心臓が鳴る。名前を聞いただけなのに。そして、もう失恋までしているのに。恋ってすごいな。

「デラスタ伯爵家の子か! なかなかの好青年だぞ、あれは」


 ですよねぇぇ!

 って叫びそうになるのをぐっと堪える私。


「助けていただいただけではなく、お屋敷に呼んでいただき、宿泊させてもらったのですよ」

「なるほど、デラスタ伯爵夫妻か。久しく会っておらんな。よかろう。是非招待を」

「ありがとうございます」


「それからっ」


 私、マクラーン公爵の言葉の後に割り込む。今回の公演では、ある試みをする。その許可を取らなければ。


「今度の公演で少し、やってみたいことがあるのですが、話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」

 にっこり微笑むと、具体的な内容を話す。マクラーン公爵にはもちろん報告済みだ。話を聞きながら、キディ公爵はなんだか片難しい顔をしていたが、ダメだとは言わなかった。というか、私としてはこの試みに、出来ればキディ公爵も乗っかってくれたらいいな、なんて思っているのだけどね。


 さて、この試み、成功するのかどうなのか。


*****


「リーシャ!」

 キディ公爵との謁見(?)が終わると、ルナウが駆け寄ってくる。


「ごきげんようルナウ様。公演のご依頼、ありがとうございました」

 営業スマイルで答えると、こちらの意図はガン無視でニコニコしながら私を見た。


「明日は街を案内する。王都のブティックには行ったことないだろ? 何でも好きなもの買っていいぞ」

 相変わらずな物言いだ。なんであんたに洋服買ってもらわなきゃならないのよ。

「いいえ、結構ですわ」

 思いっきり貼り付けた笑顔を見せると、やっと気付いたのか、ハッと顔を曇らせる。

「断らないでくれよ……」

 肩を落とし、私を見つめるルナウは、叱られた犬みたいだった。


「俺、リーシャが来るのを楽しみにしてたんだ。ブティックの経営のこととかも、ちゃんと調べてさぁ、案内する場所とかも色々……」

 ああ、シュンとしてる。わかり易くシュンとしてるわ。チラ、と横を見ると、マクラーン公爵がハラハラした顔で私を見ていた。


「あ~、リーシャ、どうだろう? ルナウ様もここまで仰っているのだし、明日は街を案内してもらっては? ついでにほら、リベルターナの二号店のことなんかもリサーチできるだろうし、なぁ?」


 ああ、こじらせるな、行って来いってことね。まぁそうよね、マクラーン公爵にしたら、王族関係者と揉めるようなことは避けたいだろうし。何より彼はマーメイドテイルのプロデューサーであり、スポンサーで、ボス。従うしかないのよね。


「わかりました。ではアイリーンも一緒に、」

「僕も行きます!」

 私の言葉を押しのけてピッと手を挙げたのは、ケイン。

「……ってことで、いいかしらね?」

 アッシュにも『二人きりになるな』って言われてるしね。

「……ええ、いいですとも。それではダブルデートといきましょう!」

 ルナウがケインを見て、言った。ケインが深く、頷いた。変なところで結託する二人。


 しかし、


「デートではありませんけどね」

 そんな二人を、アイリーンがサクッと切り捨てたのである

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