第67話 アイドルだった私、失恋から立ち直る

「そうなのですか……」


 初恋を経験。からの、失恋……までの時間があまりにも短いっ。

 一瞬だったよ、一瞬!


「私もリーシャ様のように、気持ちを伝えることが出来たらいいのですが……」

 悲しそうな顔で、呟く。

「伝えればいいじゃないですかっ」

 私、立ち上がり、上からジャオを見下ろした。そのまま、心に思ったことを、脳に運ばず口から垂れ流してしまう。


「ジャオ様、ご自分では気付いてないのかもしれませんが、とても男前ですし、優しいし、強いし、絶対みんなジャオ様を好きになると思いますよ? 恋愛経験ゼロの私が好きになるくらいなんだから、間違いない! その方だってきっと、ジャオ様が好きに決まってるじゃないですかっ! きっと告白されるのを待っているのですわっ。もう、すぐにでも気持ちを伝えてくださいよぉ!」


 普通は思ったことを脳内で一度反復して、精査してから発言するのよ? って、昔誰かに言われたっけなぁ。思ったことをすぐに口にするな、って。


「ふふ、本当に。リーシャ様はまっすぐな方だな」

 柔らかく、笑う。

 ああ、この笑顔を独り占めできる女子はさぞかし幸せだろうなぁ。ムカつくけど、こればっかりは仕方ない。


「……そうだ!」

 私はポンと手を叩くと、思い付いた案をジャオに提言する。


「ねぇ、ジャオ様。その方を、今度の私たちの公演に連れてくることは出来ますか?」

「え?」

「是非、その方にも私たちの舞台を見ていただきたいのです!」


 うん、この企画、いいかもしれないっ。


 私は思いついた『あること』に夢中になっており、自らの失恋のことなどすっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。ま、これってあれよね、結局その程度の恋だったってことよ。……そりゃそうか、半日だし。


「それは……どうだろう」

 苦い顔でそっぽを向くジャオに、私は間髪入れずに言った。

「このチャンスを、生かさない手はないでしょう?」


 さっきまで自分を好きだと言っていた女が、手のひらを返したように応援に回る。普通に考えて、まず有り得ない構図ではあるんだけど、ジャオはそこまで深く考えていないようだった。私の押しに、頭を掻きながら

「そうですね、頑張ってみましょうか」

 と答えたのだ。


「そうですよ! 何もしないで諦めてしまったらそこで試合終了なんですっ。とある偉い人がそう言ってました!」

「試合って……」

 ぷっ、とジャオが吹き出す。


「よぉーっし! 絶対に成功させますよ、この舞台を!」


 そのためには、まずルナウに協力を求めなければならない。そこだけが、ちょっと憂鬱である。


*****


「えええっ? もう失恋なさったのですかっ?」


 朝、寝起きと同時に昨夜の報告をせがまれた私は、洗いざらいアイリーンに話した。


「まぁ、自分でも驚くほど短い恋だったわ……。でも、私に悔いはないし、舞台でやってみたいこと思い付いたしね!」

「……まったく。お姉様には呆れてしまいますわ」

 アイリーンは唇を尖らせる。


「だって、仕方ないじゃない。好きな人がいるって言うんだもん」

「それはそうですが。相手に告白もしていないという事なのでしたら、お姉様が隙を突いて入り込む余地だってあったでしょうに」

「えっ?」

 今更ながら、気付く。

 そっか、攻めてもよかったのかぁ……。

 でも、私はジャオに好きな人がいると聞いた瞬間、思ってしまったのよ。

『その恋、応援してあげる!!』

 って……。

 隙を突くんでも割り込むんでもなく、私はジャオの想いを叶えてあげたいな、ってさ。


「その様子では、まったくそんなこと考えてもいなかった、ってことでしょうか?」

「えへへ」

 頭を掻いて誤魔化す。

「お姉様、もしまた、誰かに恋をすることがありましたら、きちんと私に相談してくださいね。お姉様一人に任せていたら、一生うまくいかない気がしてきましたわ」


 あああ、辛辣だわ、我が義妹よ。


「……で、マーメイドテイルの舞台で、なにをどうするおつもりですの?」

 私が『やりたいことができた』って言ったのを聞いて気になったと見え。

「うん、今回は場所も相手も今までにない高貴な方たちの集まりになりそうだから、あまり派手過ぎる演出は避けて少し柔らかめにいこうと思ってるんだけどね、舞台全体のテーマを決めてみたの」

「テーマ……ですか?」

「そう! なんていうか、爵位持ってる人たちって、みんなツンと澄まして本音を言わないところがあるじゃない?」


 そう。こっちの世界に来てからというもの、見栄だとか体裁だとか、そんな話ばかりよく耳にするし、見てきた。


「それをね、取っ払ってみたいなぁ、って」

「取っ払うって……どうするのです?」

「ああ、そんなに心配しなくても大丈夫よ、おかしなことはしないから」

 今までだって、公演の度に何となくではあったけどコンセプトは考えながらやっていた。初めての、エイデル家では『みんなで踊れ』だったし、マクラーン公爵家でお披露目した時は『スポンサーゲット作戦』だったし、野外の時は『新人を活かす』がテーマ。


 そして今回は、いつも本心を隠して上辺ばかりで生きてる上流階級の皆様たちに、いつもは見せない本音を……しかも、核心に近いところを出してもらおうじゃない! っていう企画にするのだっ。


 まぁ、そんなにうまくいくかはわからないんだけどね。


 そして、こうなるとまた新曲が必要になるんだよなぁ、これ。アッシュ、この話をしたら苦い顔するんだろうなぁ……なんて思うとなんだかおかしくなってくる。


「普段口にしないようなことを、その日だけは口にできる。素直になれる。そんな空気感を出したいのよね」

「素直に?」

「そう。言い辛いこととか、今まで言えなかったことなんかを素直に相手にぶつけられる日。そんな舞台にしたいと思ってるの」

「言えなかったことを……」

 アイリーンが考え込む。


 もしかしたら、アイリーン……?


「それ、良さそうですわ! 私も協力いたします!」

「ありがと。まずは今日、ルナウに会って企画を持ち出してみないとどうなるかわからないけど……」


 そう。

 キディ公爵家は王族関係者。果たして、マーメイドテイルの舞台そのものを受け入れてくれるのかどうかすら、まだわからないのだった。


「上手く話が進むといいんだけどな」


 あの、ルナウと再会するのは少し不安もある。が、上手く立ち回らなければならない。今回はマクラーン公爵も力が及ばない、もっと上の人との交渉になるのだから……。


 私は気持ちを引き締めると、出発の支度を始めた。

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