第66話 アイドルだった私、初めての恋

 熱に、浮かされているようだった。


 食事が終わり、夜。


「お姉様、大丈夫ですか?」

 アイリーンに話し掛けられ、ハッとする。

「え? なにが?」

「なにが、って……。なんだか少し、ボーッとしていらっしゃいません?」

 あ、やだ。周りにわかっちゃうくらいボーッとしてるのか、私。

「うん、大丈夫……だと思う」

 いつになくハッキリしない態度に、アイリーンが何故か口の端を上げる。


「なんだかやっぱり、変ですわ」

 そう言われ、焦る。

「やっぱりそう? 私、おかしい? ねぇ、アイリーン、私っ」

 どうしよう……言ってしまおうか。だけど、

「仰ってください。どうしたのです?」

 楽しそうに私を見るアイリーンに、私は弱音を吐いてみることにした。

「私……もしかしたら変な病気になったかもしれないっ!」

「……ええっ?」


「だって、なんだかおかしいのっ。急に胸が苦しくなったり、頭に血が上ったり、これって悪い病気かもしれないっ」

 勇気を出して、そう、話す。なのにアイリーン、ぽかんと口を開けて、それから弾かれたように笑い出した。ええっ? ここで笑うって、何よっ!


「あはは、やだ、お姉様、ぷぷ、まさか、そんなっ。本気ですのっ?」

 爆笑されてるんですけどぉ?

「なんで笑うのぉ? だって、何もしてないのに急に息苦しくなるって、これって病気じゃない!」

「まぁ、そうですわね。病気と言えば、病気でしょうか」

 アイリーンは、私の症状についてまるでわかってます、みたいな口調で言う。

「お姉様、どんな時に苦しくなりました?」

「どんな、って……」


 思い出す。

 賊に襲われた時……も、まぁドキドキはしたけど、あれは単に非常事態だったせい、よね。そのあと、騎士団がかっこよくてドキドキしたし、ジャオの……笑顔が素敵で、


「えっと、」

 言い淀む。


「今、どなたの顔が浮かんでますの?」


 ドキッ


「へっ?」

「お姉様はお気付きでないかもしれませんけど、ディナーの最中……特に後半ですわね、お姉様ったらずぅぅぅっとジャオ様を見つめておりましたわ」

「ええっ?」

「本当にわかりやすい。お姉様ったら、ジャオ様に一目惚れなさったんですねぇ」

「ひっ!」


 ヒトメボレ?

 私がっ?


「嘘っ!」

 アイリーンの肩をガシッと掴む。

「私が? ねぇ、私がっ?」

 慌てふためく私をアイリーンが楽しそうに見上げる。


「あら、違いました? ジャオ様、とてもお強くて、精悍で、素敵な方ですもの。私はてっきり……。でも、違うのでしたら、私が好きになっても構いませ」

「だめぇ!」

 思わずそう言っていた。慌てて口を押える。ちょっと待って、今の、なにっ?

「あらぁ、ダメなのですかぁ? ざぁんねん」

 意地悪アイリーン!


「……好きって、こんななの? こんなにわけわかんなくてドキドキするのぉ?」

 頭を抱える。みんなよくこんな気持ちを平然とっ。


「そうですわよ。意味もなく胸が痛くなったり、急に頭に血が上ったり、それはもう、忙しいのです」

 確かに、忙しい。なんだかよくわからないけど、感情が舞台の端から端まで駆け回っているみたいな感じ。


「で、どうしますの?」

 ズイ、とアイリーンが私の顔を覗き込む。

「どう、って?」

「好きならば、気持ちを伝えなければ」

「無理! むりむりむりぃ!」

 手をパタパタと振って否定する。

「せっかく特定のお相手もいないと仰っているのですから、今がチャンスなのでは?」

「でもぉ」

 もじもじする。この私が、もじもじしている!


「明日には王都に向かうのですよ? ジャオ様と一緒にいられるのは今夜だけです。まだ時間はあります。お話でもしてきては?」


 そう、促され、私は部屋を追い出された。

 アイリーンは、なんというか……的確なスパルタだ。


 廊下に押し出された私は、とりあえず屋敷内を歩く。だけど、この先はどうするのっ? まさかジャオの部屋を聞いて夜這いをかけろとでもっ?


 と、


「あ」

「おっと」

 廊下の角で、本人と鉢合わせた。何たるタイミング!


「いかがしました、リーシャ様?」


 うわぁ……、


 私、まじまじとジャオの顔を見る。闇色の瞳。やっぱり綺麗だなぁ。


「眠れませんか?」

「あっ、えっと、はい。ちょっと、興奮しちゃって」

 あながち嘘ではない理由に、自分で赤面してしまう。が、ジャオは昼間の襲撃のことだと思ったのか、すぐに頷き、

「あんなことがありましたからね。では、少しお話でもしましょうか」

「いいのですかっ?」

「私もなんだか眠れなくて、外の空気を吸いに行こうと思っていたので」

 そう言って、にこりと笑った。


 はぁぁぁ、かっこいいなぁぁ。


 きっかり三秒見惚れた後、私は頷いた。

「参りましょう!」


*****


 昼間とはまた違った一面を見せてくれる、月夜の下の花園。私とジャオは、そんな幻想的な中庭の、東屋に腰を下ろす。


 ここまでやってきたのはいいけれど、ここからどうすればいいのかわからない。アイリーンは『告白なさっては?』などと言っていたけど、よく考えたらあの子だってランスに告白してなくない? 恋愛初心者の私、もっと無理じゃない? この気持ちを、伝える?


「あのっ、ジャオ様っ」

 声が、出ちゃった。


「なんですか?」

「私、ジャオ様のことが好きかもしれません」


 ……気持ちも、出ちゃった。


 私の唐突な告白に、ジャオはとても驚いたようだった。そりゃそうだよね、今日知り合ったばかりなのにいきなり告白だなんて。ああ、もしかして私、軽い女だと思われた可能性あるっ?


 頭の中を後悔と期待と恥ずかしさが支配する。それでも、私、生まれて初めて男性に告白したんだ。勇気を持って。


「リーシャ様はすごい方だ」

 ジャオが苦笑しながら、答える。


「お気持ちはとても嬉しいです。ですが……すみません。慕っている女性がいるのです」


 はぁいっ、生まれて初めての恋、半日で終了しましたぁ!

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