第65話 アイドルだった私、動悸と眩暈

「リーシャ様にそんな風に言っていただけるとは、嬉しいです」

 最上級の微笑みを向けられ、私、頭に血が上っていくのを感じる。心臓が早鐘を打ち、なんだか頭がくらくらしてきた。これってもしかして……、


「どうかなさいましたか?」

 ジャオに顔を覗き込まれ、視線がぶつかる。近い! 近い近い近い!


「な、なななななんでもないですっ」

「しかし……、」

「ジャオ様、めちゃくちゃ眩しいのですがっ? もしかして無自覚なんですかっ?」

「なにが?」

 キョトン、とした顔で、ジャオ。私は心を落ち着かせると、コホンと咳払いをする。


「ジャオ様は、社交界など出られませんの?」

「ああ、その手の会には出たことがないのですよ。騎士団は基本的には城で護衛に徹しておりますので」

「ああ、だからかぁ」

 会場にこんないい男がいたら、令嬢たちが黙ってるわけないもんね。モテるだろうなぁ。


「あ、お城と言えば!」

 私、この際だからとジャオから情報を聞き出すことにする。

「国王陛下が体調を崩していらっしゃるっていうのは?」

「……ええ、そうですよ。ここ数カ月、床に臥せっておいでです」

「第一皇子が代行を務めている、と」

 ピク、とジャオの眉が動いた。

「ええ」


 あれ? なんだか緊張感が増した。第一皇子の話はタブーなのかしら?


「……今日遭遇した、あの、盗賊団みたいなのは沢山いるのですか?」

 少し話題を変えてみる。

「……いつの世にも、悪人はいます」

 微妙に話、逸らされた?

「王都での公演は、避けた方が良いのでしょうかね?」

「何故?」

「いや、だって……」

「もう賊は捕らえましたし、ルナウ様のお屋敷での会なのでしょう? 危険は何もないし、断る理由などないのでは?」


 それはそうなんだけどねぇ。


「それに」

 ジャオが改めて私を見つめる。

「私も見てみたいです。リーシャ様の舞台を」


 ドキッ


 ……って、ちょっと、今ドキッて、なによっ。


「あ、ありがとうございます」

 何故か目を見られず、視線を外す。

「そろそろ行きましょう。ディナーの時間ですよ」


 さっと手を出すジャオ。私はその手をそっと握り返した。


*****


「まぁ、そのような会があるのっ?」


 アイドル話に食いついて来たのは、デラスタ伯爵夫人。やはり女性は華やかな世界が好きである。


「私も行ってみたいわぁ。でも、キディ公爵家なのねぇ。うちは伯爵家。ご招待はいただけないかしらねぇ」

 チラ、とマクラーン公爵夫妻を見遣る。と、察したらしいマクラーン公爵夫人がすぐに、

「大丈夫ですわ。本日お世話になるお礼に、ご招待いたします。ね?」

 隣にいるマクラーン公爵を見上げる。

「ん? ああ、もちろん!」

 あらら、安請け合いしてるけど、大丈夫なのかな。


 ……デラスタ伯爵は元騎士団で、しかも隊長やってた人だもんねぇ? キディ公爵のことだって知ってるだろうし、問題ないか。


「しかし、ハーベス様がこのような華やかな会を催すなど、驚きですな」

 デラスタ伯爵が顎を撫でつけながらしみじみと呟いた。


 ルナウの祖父でもあり、前国王の末弟でもある人物は、妻に先立たれ、その後息子夫婦にも先立たれ、孫であるルナウと暮らしている。華やかさとは縁遠い、厳格な人物であるという話らしい。


「狙いは別にあるのですよ」

 苦笑しながらそう答えるマクラーン公爵。

「というと?」

「表向きはルナウ様の恋心。リーシャと近付きたいがための大掛かりな作戦。しかし、ハーベス卿には別の思惑があります。娘であるミズーリ様を呼び寄せたいと思っているようなのです」

「ミズーリ様ですとっ?」

 デラスタ伯爵が立ち上がる。

「ミズーリ様はご無事なのですかっ!」


 ん? ご無事って……?


「もしかして、行方不明だったんですか?」

 私がそう訊ねると、デラスタ伯爵は小さく「失礼」と言って椅子に座り直した。


「……もう、ずいぶん昔の話になりますね。ミズーリ様はある公爵家に嫁ぎました。もちろん、王族の嫁ぎ先として申し分ない家柄のお相手に、です。しかし、どんなに家柄がよかろうと、結婚した相手が悪ければ幸せになどなれるはずもない。何度かハーベス様に相談もしたようなのですが、聞き入れてはもらえなかったようで……自ら家を出ました」

「実の娘なのに、ですか?」

 私、にわかに信じられず口を挟んでしまう。嫁いだ娘が助けを求めて来てるのに無視するの? そんな父親、いる?


「家同士の結婚とは、そういうものです。王室関係者であればなおのこと、人柄より家柄、の風潮が高い」

「最悪……」

 ボソッと本音が駄々洩れる。皆の視線を感じ、慌ててお口にチャック。


「私の従兄弟であるタルマン公爵……もう亡くなっているので、前タルマン公爵ですが、彼の母がミズーリ様なのです。私も、彼女がキディ家の人間だとはつい先日まで知らなかったのですが」

 マクラーン公爵が話を続ける。

「たまたまミズーリ様は、我々、マーメイドテイルの活動を知り、屋敷に招いた。同時にキディ家のルナウは、ハーベス様の命を受け時折ミズーリ様に会いに行っていたようで、その時我々の存在を知り、ミズーリ様のお屋敷でリーシャに婚約の申し込みを」

「おおっ、」

「まぁ!」

 デラスタ夫妻が色めき立つ。が、


「断った」

 速攻、ひっくり返す。


「ええっ?」

「断ったっ?」

 夫妻だけでなく、ジャオも驚いた顔で私を見ている。


「そして今回の、王都公演の話になるわけです。ミズーリ様も同行が決定しておりますので、ハーベス様としては我々の公演に興味があるということではなく、この一件を機に説得を試みようというのでしょう」

「……なるほど」

 デラスタ伯爵が深く頷く。そして私をじっと見つめ、


「しかし、縁談話を断るとは。一体、何故?」

「まだ結婚する気がないからですけど?」

 しれっとそう答えると、

「勇ましいお嬢さんだな。うちがもらいたいくらいだ。なぁ、ジャオ?」

 笑いながらジャオの顔を見る。

「そうですね」

 そう言ってほほ笑むジャオの顔を見て、何故か胸が高鳴った。

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