第64話 アイドルだった私、なにかがおかしい

「では、マクラーン公爵も襲撃を?」

 事のあらましを説明するため、ジャオが私たちの馬車に乗り込む。


 この辺りは街道の外れで町からも少し距離があるため、今までにも馬車が盗賊に襲われる事件が起きていたらしい。今日も、マクラーン公爵たちの馬車が狙われた。見るからに立派な馬車だったせいもあるだろう。

 が、いち早く賊に気付いた御者の機転で、襲われる前に逃げ切ったとのこと。その後、次の町で賊の話を知らせるため王都に早馬を出し、私たちの馬車が来ることを知らせた。すぐに騎士団が向かい、私たちは難を逃れた、というわけだ。


「マクラーン公爵たちが無事で何よりだわ」

 私はホッと胸を撫で下ろす。

「次の町でお待ちですよ」

「え? わざわざ待っててくださっているの?」

「ええ、てこでも動かないと言い張っている方がおいでのようで」

 くす、とジャオが笑った。

「ああ、なるほど」

 私はポンと手を叩いた。


*****


「アイリーン!」

 馬車を見つけるなり走り寄ってきたのは、もちろんケインである。馬車から降りたアイリーンをぎゅっと抱き締める。

「無事でよかった……」

「ちょ、ケイン!」

 もがくアイリーンを、ケインが慌てて放す。

「あっ、すみませんっ」

 耳まで赤く染め、俯いた。


「リーシャ、アイリーン、大丈夫か!」

 マクラーン公爵と公爵夫人のエリサも駆け寄ってくる。

「大丈夫です。ジャオ様たち騎士団の皆さんが助けてくださいましたから。賊を次々にやっつけてくれて、そりゃもう、かっこよかったんですからっ!」

 興奮気味に話す私を見て、マクラーン公爵が呆れた顔をする。


「とにかく無事で何よりだ。今日はこのままこの町に泊まることにしたから、ゆっくり過ごしなさい」

 本当は休憩に立ち寄るだけだった町に一泊。どうやら、エリサ夫人が気分を悪くされてしまったようなのだ。そりゃそうか。賊に襲われるなんて、精神的にヤバいよね。アイリーンだってまだ怯えてるもん。


 私とアイリーンは宿に案内されるものと思っていたのだけど、そうではなかった。何故か再び馬車に乗り、とあるお屋敷に向かう。


「デラスタ伯爵家……って、ジャオ様の?」

「ええ。ご厚意でね、一晩泊めていただけるそうよ」

 まだ少し顔色の悪いマクラーン公爵夫人、エリサが、馬車の中でそう言った。

「町の宿に泊まるより安全でしょう? 私、まだ震えが止まりませんもの」

 そう言ってエリサは手をぎゅっと握りしめた。アイリーンがそんなエリサの手に、自分の手を重ねる。

「私もです。あんな怖い思いはもうしたくありませんわ」


 馬車の中にいるのはエリサ、私、アイリーン。マクラーン公爵とケインはあとからジャオと一緒に向かうそうだ。


「王都は、治安が悪いのでしょうか?」

 何も知らない私は、少し心配になる。みんなを連れて王都で公演、なんて、単純にはしゃいでいたけど、こんなことが頻繁にあるのなら考え直さなきゃいけない。

「最近の王都は少し荒れているようですね。国王がお体を崩しておられるようで、代わりに第一皇子が王政を担っているようなのですが……あまり良い噂を聞かないのです」


 うわ。出た。いいとこの坊ちゃんダメ男説だわ、これ。みんながみんなそうじゃないんだろうけどさぁ。


「う~ん、やっぱり王都、向いてないかなぁ」

 政治色強め。しかも独裁。治安はイマイチ。下手に関わらない方がよさそうな……、


 そうこうしているうちに、デラスタ家に到着する。お屋敷総出で私たちを出迎えてくれた。デラスタ伯爵は、騎士団の元団長だったそうで、見るからに体育会系のイケオジ。そして奥様は奥ゆかしい感じの、可愛らしいタイプだ。

 それぞれ客間とメイドをあてがわれ、休憩をとる。私とアイリーンは同室。部屋に入ると、緊張が解けたのかアイリーンはベッドで眠ってしまっていた。暇になった私はフラフラと庭へ。こっちに来てから思うけど、貴族のお屋敷って、庭が本当に綺麗なの!


 デラスタ伯爵家も例外なく、庭には色とりどりの花が咲き誇っている。私はその花たちを見ながら、鼻歌を口ずさむ。そのうちだんだん気が乗ってしまい、歌い始め、更には、花壇の間を踊り始めた。


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


愛なんて簡単な言葉で済ますには

あまりにも浅はかで物足りないよ

愛なんて曖昧な形のないものに

この想い委ねるのはなにかが違う


それでも伝えたくて、届けたくて

この心、歌に乗せ君に送るよ

これは不器用な僕からの愛のうた

君を思って止まない僕からの愛のうた


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


 パチパチと拍手の音がして、慌てて振り返る。そこにいたのは、

「ジャオ様! いつの間にっ」

 なんとなく恥ずかしくなり、顔に手を当てる。見られたっ。一人で、庭で踊ってるとこ、見られたぁぁ!


「素晴らしいですね。その歌は?」

 ジャオは嫌味でもお世辞でもない感じでそう訊ねてくる。

「あ、えっと……話せば長いことながら」

 私はしどろもどろになりながら俯く。なんだろ、あの瞳に見つめられるとどうにも落ち着かない。

「時間ならありますよ。少し話しましょう」

 そう言って庭の東屋へと私をエスコートしてくれる。


 私は、そこで今回の王都訪問の理由と、アイドル活動の話をジャオに聞かせた。時折首を傾げながらも、丁寧に話を聞いてくれるジャオ。優しい時間が流れる。


「それは興味深い。是非私も舞台を拝見したいものです」

「えええ、本当ですかぁ?」

 私らしからぬ返事に、私が驚く。って、なにこれっ?


「ジャオ様はいつから騎士団に?」

 なんとなく、話題を変えてみる。というか、単に興味があった。

「父が騎士団にいた頃……私が十六の年からなので、かれこれ八年になりますね」

 ということは、今二十四歳?

「ご結婚は……?」


 ちょっと、やだ、私なに聞いちゃってるのかしらっ!


「あはは、こんな武骨な男、なかなか縁談が纏まりませんよ」

「まさか、そんなこと! こんなに素敵なのにっ?」

「え?」

「はっ!」

 慌てて口を押える。


 ちょっと待って、これなに? 私おかしくなってる~!

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