第63話 アイドルだった私、胸の高鳴りを知る
「どうしてですのっ?」
頬を膨らませているのはアイリーン。
私たちは馬車に揺られながら、王都への道を進んでいた。
「まぁ、そう怒らないで」
これから向かうのはルナウ・キディの待つキディ公爵家。マクラーン夫妻と共に……の筈だったのだが、
「なんでケインまでっ」
アイリーンが膨れているのは、ケインの同行についてである。
「別にいいじゃない。彼も私たちのメンバーなんだし」
「でもっ、あんなのずるいですわっ。ランス様は一緒に行けないというのに、いくらマクラーン公爵様のご子息だからって、便乗するだなんてっ」
ランスとアルフレッドはお留守番。というか、ただの伯爵家の子息や令嬢レベルが、王族に直接会うことなんて普通はないらしい。父マドラも行きたそうだったんだけど、マクラーン公爵に断られた、って話。
「そもそもケインはマクラーン公爵様のご子息ではありますけど、後継ぎではございませんわっ。一緒に行く意味が分かりませんっ」
まぁ、アイリーンと一緒に行きたかったんでしょうね。とは口に出さないけど。
そんなわけで、私たちは二台の馬車に別れて屋敷を出立した。マクラーン公爵たちの馬車は、一足早く出発している。王都までは馬車で半日以上かかるそうで、途中の街で一度休憩をとるらしい。いわば、ドライブインみたいなものかしらね? なんにせよ、遠いんだけど……。
「せっかく二人なんだし。ねぇ、ランスとの話、聞かせてよ」
私、忙しくてずっと聞けてなかったランスとのその後を聞き出そうと狙っていた。馬車の中なら誰にも邪魔されないし、何しろ時間はたっぷりあるし。
「ランス様の話……ですかぁ?」
急にもじもじし始めるアイリーン。
「何も変わりませんわっ。忙しくて二人きりになるチャンスもありませんし」
「あの日はっ? 野外ステージの帰り!」
二人きりで帰れるように仕向けた、あれだ。
「あの日は……私たちの話というより、舞台の話や新人たちの話ばかりしてましたわ。初めての舞台を思い出して二人とも大興奮でしたの」
ああ、そっか。確かにあの日はみんな興奮してたよね。
「色っぽい話はなしかぁ」
ランスもなにをぐずぐずしているのか。もっと攻めてくれればいいのに。
「お姉様が羨ましいですわ」
ふぅ、と溜息をつきながら、言われてしまう。アッシュの事よね? けど……、
「そ、そうかなぁ?」
私にはまだよくわからない。アッシュのことは好きだけど、この『好き』は多分、アッシュが私に向けてくれる『好き』とは違うように思う。相変わらず私は、恋愛ってもんが分かっていないのだ。
「あそこまで迫られて、お姉様は何も感じませんの?」
そんな呆れ顔で言わないでよぉ……。
「何も感じないってことは……ないわよぉ。でも、なんていうかこう……恋とか愛とかって、正直わからないっていうか」
「ああんっ、お姉様ったら本当に発展途上ですわっ」
がーん。
三つも年下の義妹にそんなこと言われるなんてっ。
「ドキドキするとか、胸が締め付けられるとか、そういう経験、ありませんの?」
真剣に訊ねられ、真剣に思い返してみる。
「……あああああ、ステージに立つ以外でそんな風に思ったことないよぉぉ! どうしよう、アイリーン、私ってば、このままずっと恋とか知らずに生きていくのかなぁぁ?」
「知りませんわよ、そんな、」
ガタンッ
「わっ」
「きゃ」
馬車が大きく横に流れた。
「なにっ?」
そのまま、何故か急停止したようだ。
「どうかしたっ?」
私は慌てて御車の方を見る。と、
「お嬢様方、出ないで! そのまま中にっ」
御者が小窓の向こうから険しい顔でこちらを見ている。ハッとして馬車の周りを見ると、数人の男たちに囲まれているのがわかった。
「な……に、これ」
背筋が寒くなる。これって、盗賊とかみたいなやつっ?
「大人しくしてろっ!」
御者が脅されているのが見える。私は目の前のアイリーンをぎゅっと抱き締めた。なんとかアイリーンだけでも逃がさなきゃ。
賊の一人が窓から私たちを見た。そして嬉しそうにニタァ、と笑ったのだ。
「お姉様っ」
「大丈夫、私がいるから」
ぎゅ、とアイリーンを抱く手に力を籠める。
どうしよう……。
「おい、上玉が乗ってるじゃねぇか」
ドアを、開けられてしまう。男が馬車の中に入ろうとしてきた。私は迷わず男の顔面を蹴る。バキ、という音と共に男が外に転がる。
「痛てぇっ! こんっの、」
まずいまずい! ドキドキするっ、胸がぎゅっと締め付けられるっ……って、トキメキって、これじゃなぁぁい!
キンッ
どこからか、金属音。そして『ぐあっ』とかいう声がした。
「なんだお前らはっ」
馬の嘶く音と、複数の人影。
「逃すな! 一人残らず捕えろ!」
誰かがそう叫ぶ。
「うわぁお」
急いでドアを閉めると、そのまま窓から外をガン見してしまう。映画でしか見たことのないような光景。賊と戦っているのは、どこかの騎士団? カッコいい!
「いけっ! そこだっ! やっちゃえ~!」
「ちょ、お姉様っ」
窓にへばりつく私を引き戻そうとするアイリーン。
「大丈夫よ。あの人たち強い!」
あっという間に賊を捕らえ、縛り上げていく様子を見ていた。指揮を執っている黒髪の男性が、めちゃくちゃ凛々しい!
と、外を覗き込んでいる私と彼の視線がバチッと噛み合った。深い青の瞳は夜空のようだ。綺麗だなぁ……。
パタン、とドアが開く。
「お怪我はありませんか?」
声もいい~~~!
私は大きく頷き、外へ出た。彼が手を伸ばし、私の手を取る。はぁぁ、何しても様になるなぁ。
「もう、心配ありません。私はジャオ。ジャオ・デラスタ。キディ王家騎士団の者です。怖い思いをさせてしまいましたね」
「いいえ、とんでもない! 助けていただきありがとうございました。私はリーシャ・エイデル。中にいるのは義妹のアイリーンです」
馬車の中でアイリーンが小さくお辞儀をした。まだ怯えた顔をしている。
「ここからは我々がご一緒いたしますので、ご安心ください」
ふっと微笑む。
私は、その優しい笑顔に心を撃ち抜かれそうになっていた。
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