第62話 アイドルだった私、労い方を考える

「……というわけで、王都での公演、決定しました!」

 私がそう言うと、その場にいた全員がワッと声を上げる。


「本当にやるのですねっ」

 アイリーンが目を輝かせた。

「うん、そうなった」

「すごいなリーシャ! 王都でなんて!」

 アルフレッドも嬉しそうだ。

「でも……私、いいのでしょうか」

 心配そうな顔をしているのは、ニーナとオーリンである。二人はいわば、平民。そこが気になっているのだろう。

「なに言ってるの! 二人ともマーメイドテイルのメンバーでしょ?」

 そうよ。なんの問題もない!


「で、いつなんだ?」

 ランスが真面目な顔で訊ねる。もちろん、すぐにってわけにはいかないからね。

「まず、打ち合わせを兼ねて近日中に先方に乗り込んでくるわ」

 私が言うと、

「先方にって、あのキディ家にっ?」

 アルフレッドが声を荒げる。

「大丈夫なのか?」

「やだなぁ、ランス。アルフレッドも。マクラーン公爵が一緒だし、打ち合わせしに行くだけなのよ?」

「けどさぁ」

「なぁ?」

 二人は顔を見合わせる。


「心配ありませんわ。私もご一緒します」

 ズイ、と身を乗り出したのは、アイリーン。


「へっ?」

「お姉様ひとりでは心配ですもの。私も参ります」

「でも、」

「私、王都に行ったことがありますのよ! お姉様はずっと引き籠っていたから行ったことがないでしょう?」

「え? あ~、そう……?」


 リーシャがどうだったかは知らない。けど、アイリーンがそう言うなら、行ったことないんでしょ、きっと。リーシャの引き籠り、筋金入りなのね。まぁ、王都での立ち振舞いとかわかんないし、アイリーンが一緒なのは心強いかもしれないな。


「うん、アイリーンと一緒に行ってくる!」

 私は大きく頷いた。


*****


「絶対反対です!」


 まぁ、そう言うと思ってはいたけど。


 目の前で怖い顔をしているのは、アッシュ。あの場にはいなかったから、午後になってアッシュが来てからこうしていつものごとく中庭で説明しているのだけど……。

「アイリーンも一緒だし、マクラーン公爵もいるのよ? それに、王都進出は目標の一つだったわけで、」

「関係、ない!」

 いや、関係は、あるってば……。


「あの男が待っている王都へなど、何故行かせることができますかっ」

 拳を握り締め、盛り上がるアッシュ。う~ん、困った。

「ただの打ち合わせだから。ね?」

 なんとか宥めようと必死になる私。

「そんなこと言って! もしあの男が強引に迫ってきたらどうするつもりなんですかっ」

「来ないって」

 ひらひらと手を振る私の腕をアッシュが掴む。そのまま腕を引かれ、屋敷の壁まで連れて行かれると、何故か壁ドン。

「さぁ、どうしますか?」

「……は?」

 私は壁ドンされた状態のまま、首を傾げた。どうしますか、とは?


「こんな風に壁際に追いつめられたら、どうしますか?」

 眼鏡の奥の瞳は、どうやらとても真剣で、私は笑っていいのか怒っていいのかわからなくなってしまった。

「アイリーンと片時も離れないって約束する。そうしたらこんなことにはならない。……でしょう?」

 一瞬視線を外すアッシュ。その隙をついて、私はするりと壁ドンから抜け出した。

「はい、脱出~!」

 思わず両手を挙げてポーズをとる。と、そんな私を見て、アッシュが優しく微笑んだ。

「まったく、可愛い人だ」


 うっ……。

 直球、照れる。


「……本当は行かせたくないのですがね。もしくは、一緒に行けたらよかったのですが……仕事が入っていて行けそうにないし」

「わかってる。アッシュはどこぞのお屋敷で演奏なんだもんね」

 最近は、マーメイドテイルの曲を演奏してほしい、という依頼もあるようで、アッシュのいる音楽隊はあちこちのお屋敷に引っ張りだこらしい。

「本当に、誰かさんのせいで休みなしです」

 大袈裟に溜息をついて、壁に背をつけた。

「反省してマス……」


 休みなく働かせてるという認識はある。それだけに、申し訳ないとは思っている。だけど今となってはアッシュなしのマーメイドテイルなんて考えられない。


「反省してくれてるんですか。へぇ」

 意地悪な微笑を浮かべて、アッシュ。

「な、なによ」

「いやぁ、口だけなのか、本当に反省しているのか」

「本当ですぅ!」

「じゃ、態度で示してくれませんかねぇ?」

 クスクス笑いながら私を見るアッシュ。

「態度って?」

「労ってくださいよ、リーシャ様」

 小首を傾げ、私を試すように見つめるアッシュ。労うって……態度で労うって、何!?


 しかし!


 私は売られた喧嘩は、買う。いや、これは喧嘩ではないけど、出されたお題には、答える! それがアイドルというもの!

 ……かどうかはわからないけど。


 三秒考えると、意を決し、アッシュに向かっていく。


「は、恥ずかしいから、目、閉じてて」

 真剣な顔をする私に、アッシュが耳を赤く染める。自分から振っておいて、照れるな!


 そっと目を閉じるアッシュ。

 私はそっと彼に手を伸ばした。


 ワシワシワシッ


「は?」

 目を開けるアッシュ。

「いつもありがとう。頑張ってるね、アッシュ」

 私は背伸びをして、アッシュの頭を撫でたのである。


「なんっ、だ……」

 脱力し、その場にしゃがみこむアッシュ。

「期待した俺がバカだった……」

 小さな声でそう呟いていた。

「期待?」

「あ、なんでもないです」

 眼鏡を上げ、私を見上げるアッシュと目が合う。


 そんな私たちの姿を、屋敷の窓から厳しい目で覗いている人物がいた。

 私はそれに、気付きもしなかったのだった。

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