4章 王都編①

第61話 アイドルだった私、手紙の内容を精査する

「本当に、うちのバカな甥がお騒がせしてしまったわね」

 ミズーリは私の手を取り、そう言った。

「そんな、とんでもありませんわ」


 私はマクラーン公爵と共に、タルマン家を訪れていた。昨日の今日ではあるが、この手紙のことをどうしても確かめたかったから。


「ルナウはね、私の父に頼まれてスパイのような活動をしているのよ」

「スパイ?」

 なかなか複雑な話のようだった。


 というのも、ミズーリはキディ一族の者でありながら、王都から離れタルマン家に後妻として嫁いでいる。しかも連れ子と一緒に。ルナウの祖父……ミズーリの父は辺境の地に出て行ってしまった娘のことをずっと心配しているらしい。が、駆け落ち同然で家を捨てた娘に甘い顔を見せることも出来ず、タルマン前公爵が亡くなってからは、孫であるルナウに時々様子を見に行かせていたようなのだ。


 その道すがら、ルナウはマーメイドテイルの舞台を見た。そして叔母であるミズーリにマーメイドテイルの舞台が見たいとせがんだ。その時ミズーリは、すでに私たちの噂を耳にしていて、それなら、とリベルターナでタリアに公演依頼をしてくれたらしい。


「ルナウの両親……私の弟と、弟嫁は十年前に事故で亡くなっていてね。父としては、私に戻ってほしいようなの」


 ルナウ、ご両親がいないんだ……。

 だから『強くあれ』って言われて、ああなっちゃったってことなんだろうか。


「昨日の晩だけど……」

 ミズーリがしみじみと話を切り出す。

「あなたが帰った後、真剣な顔で言われたわ。『彼女に好きになってもらうためには、何をすればよいのか』って」


 ひぇっ!

 チラ、と横を見ると、目を真ん丸にして私を見るマクラーン公爵がいた。


「リーシャちゃん、ルナウからの告白を蹴ったんですって?」

 くすくすと楽しそうに笑う、ミズーリと、あんぐりと口を開けるマクラーン公爵。

「す、すみません」

 私、体を小さくして謝るも、ミズーリは手をパタパタと振って微笑む。

「とんでもない! 彼にはいい薬だったと思うわ。なにしろ幼くして両親に先立たれたせいなのか、少し根性曲がってるところがあるでしょう?」


 ……辛辣だな。


「あの家自体、時代遅れなのですよ」

 そう言って遠い目をしてみせる。

 ああ、だから王都を飛び出したのかしら、この人は……。


「あの、ミズーリ様」

 おずおずとマクラーン公爵が声を掛ける。

「あら、様、だなんて。マクラーン家とタルマン家は親戚でしょう?」

 拗ねたように、言う。

「いや、しかしあなた様がキディ家の方だなんて、まったく知らされておりませんでしたし、その、」

 疎遠になってた、って言ってたもんなぁ。

「ええ、ご無沙汰でしたね、ジェイス」


 前タルマン公爵とマクラーン公爵は、比べられることが多かったと言っていた。本当なら年も近く、良き友人になることだってできたんだろうに……。


「ところでその、この手紙の意図するところはやはり、リーシャ……なのでしょうか?」

 改めて、訪ねる。


 そう。王都での公演依頼とはなっているけれど、皆が心配しているのは

『なんだかんだいいこと嘯いて私を王都に誘い込み無理矢理婚約させようとしているのではないか?』

 ということ。

 特にアッシュ、ランス、アルフレッドはこの誘いに大反対なのだ。


「そうよね、不安になるわよね。でも、大丈夫よ。ルナウは純粋に、王都でもマーメイドテイルは受け入れられるし、是非、多くの人に見てもらいたい、って思っているだけ。それと、リベルターナの仮店舗を置いてドレスのお披露目もしたらいいんじゃないか、って思っているみたい。要は、あなたを推したいのよ、リーシャ」

「私を……、」

「今まで何に対しても興味がなく、王族関係者だというだけで中身が空っぽだった自分に気付いたみたい。あなたの言葉が響いたのね」

「……はぁ」

「それに、マーメイドテイルの舞台も、よ?」


 ……うん。

 きっかけは野外コンサート。それは間違いないんだ。私たちの舞台は、ちゃんと人々に届いている。間違いなく!


「では、素直にこの依頼を受けても問題ない、と?」

 マクラーン公爵が念を押す。

「ええ、もちろん。それに、私も一緒に行くから安心なさい」

「本当ですかっ?」

 ミズーリが一緒なら心強い。なにしろ前国王の姪だし!

「ルナウがおかしなことをしないよう、ちゃんと見張っててあげるわ。それに、またあなたたちの舞台が見られるのでしょう?」

 楽しそうに、そう言った。


「私ね、昨日の舞台、本当に楽しかったのよっ! 本当に、ジェイスは幸運ね。リーシャと一緒に仕事が出来て」

「いや、それはまぁ」

 マクラーン公爵が照れたように頭を掻く。

「リーシャがジェイスに目を付けたのも頷ける話だわ。この辺りの領主では、彼は随一の人格者ですものね」

 べた褒めである。


「うちのフレイも少しはジェイスを見習ってほしいものだわ。あの子ったら、ルナウに取り入って王都との繋がりを得ることばかり考えているんですもの」

 あ~、そうなんだ。だから昨日もルナウを立てようと頑張ってたわけね。


「ところでリーシャちゃん」

 改まって、ミズーリ。

「はい?」

「あなた、誰か好きな人はいるの?」

「えっ? あの、いません……けど?」

「あらぁ、そうなのねぇ」


 なぜかニンマリするミズーリなのである。

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