第60話 アイドルだった私、新たな展開に驚く
翌日。
朝からエイデル家にやってきたのは、アッシュ。呼び出され、私は急いで着替えを済ませると、中庭に向かった。
「アッシュ、どうかし」
「リーシャ様!」
私を見つけるなり走り寄り、躊躇なく抱き締められる。
「ちょ、アッシュ」
誰かに見られたらどうするのよっ。
もがく私。でも、放してくれない。
「昨日、どれだけ心配したかっ。無事でよかった」
「大袈裟だなぁ。話をしただけよ? まぁ、あのあとタルマン公爵に食事に誘われたから帰るのは遅くなっちゃったけど」
そう。ごたごたの埋め合わせに、とミズーリが食事に誘ってくれたのだ。もちろん、あの問題児も一緒に。
なんと、ルナウとミズーリは叔母と甥、という間柄だという。つまりミズーリは前国王の姪ってこと! こっちは割と本気の王族だったのだ。まぁ、嫁いできているわけだから、今はあまり関係ないみたいだし、あまり公にはしていない、って話だけど。
タルマン公爵家からマーメイドテイルへのオファーも、実はルナウきっかけ。前から興味は持っていたものの、彼の話を聞き、私達を屋敷に呼ぶことにした、と。
「おかしなことにはなっていませんね?」
アッシュが私を放し、そう訊ねた。
「おかしな……って?」
「あのいけ好かない男と婚約したとか、そういう話ですよ!」
「あはは、なってないってば!」
私はアッシュをバンと叩き、笑った。
「そう……ですか」
はぁぁ、と大きく息を吐き出し、アッシュ。
「リーシャ様、相手は王室関係者だと言っていましたよね? そのような相手に対し、あのように向かっていくのは危険な行為ですよっ? 権力者というものは、その力を利用して何をしでかすかわからないのですから!」
ああ、お説教を喰らってしまった。
「わかってるわよ。私も反省してますぅ」
口を尖らせ、アッシュを見る。
「で、本当に王室関係者だったのですか?」
「あ、うん。ルナウ・キディっていう、」
「キディ!?」
アッシュが声を荒げる。わなわなと震え、口を開けて私を見た。
「キディ家の方なのですかっ?」
「知ってるの?」
「知ってるも何も、我が国は代々キディ家が王政を敷いてきたわけですからっ。リーシャ様もご存じですよねっ?」
ああ~、確かにこっちに来て最初の頃、そんな勉強させられた気もするなぁ。そっか、キディって名前だけでわかっちゃうほど有名なお家柄だったんだ。無反応で申し訳なかったなぁ~。
「そういえばそうだったわねぇぇ」
適当に誤魔化す。
「キディ家の人間にあんな暴言を……。本当にあなたという人は、無茶ばかり」
「だって、私たちの活動に何かあったら困ると思ったのよ。みんなを巻き込みたくなかったし。それに、キディ家とはいっても、おじい様が先代の国王の弟とかで、王室とはいえルナウ自身は末端に近いみたいよ?」
そうは言っても、まぁ、やっぱり王室関係者ではあるのか。今更ながら、言いすぎたと反省。
「そんな人に目を付けられるだなんて……厄介な」
グッと、考え込むような仕草で、アッシュ。
「私達の舞台が気に入ったんだって!」
「……違いますよね?」
ジト目で私を見るアッシュ。目を逸らす、私。何なら口笛も吹いちゃう。
「誤魔化さないでください! 彼はあの時、リーシャ様に婚約を迫りましたよねっ? 相手は末端とはいえ王室関係者だ。断れないじゃないですかっ!」
頭を抱えるアッシュ。
「断ったけど?」
当然の答えを告げる私。
「……は?」
「……え?」
「断った?」
「当然でしょ?」
眼鏡の奥で目をまん丸くしているアッシュを見て、首を傾げる。そんなに驚くことなのかしら?
「キディ一族からの縁談話ですよ?」
「そうね?」
「断った?」
「もちろん」
「ふ、んふっ」
口を押さえ、笑いを噛み締めるアッシュ。
「まさか、キディ一族からの縁談話を……断るなんてっ」
「ちょっとぉ、そんなにおかしいこと?」
憤慨していると、アイリーンが私を見つけ、安堵の息を漏らす。
「はぁ、お姉様、こんなところにっ。大変ですわっ、早く中へ!」
「ん?」
「マクラーン公爵がいらっしゃいましたの。それと、ランス様、アルフレッド様も」
なんで朝から全員集合?
私とアッシュは顔を見合わせ、急いで屋敷へと向かった。
*****
「おお、アッシュも来ていたのか。ちょうどいい」
応接室には、何故か父マドラ、義母シャルナもいる。そして心なしか、皆ソワソワしていた。何があったんだろう?
「公爵、こんな朝早くからどうなさったのですか?」
私が尋ねると、マクラーン公爵は懐から一通の手紙を出した。
「今朝一番に届いたんだ」
渡されたそれを、手に取る。
「これって……、」
差出人は、ルナウ・キディ。
「中を見ても……?」
「もちろんだ」
促され、封を開ける。便箋に書かれていたのは……、
「これって、」
「なんですの? お姉様っ」
「リーシャ」
「なにが書いてあるんだっ?」
アイリーン、ランス、アルフレッドが詰め寄る。私は便箋を皆に向け、見せた。
「出演……依頼?」
「本当ですのっ?」
「マジかよ」
中に書かれていたのは、王都での公演依頼。丁寧な文字で、マーメイドテイルの公演を見た感想と、是非王都でも公演を開いてほしいといった内容がびっしりと書かれていたのだ。
「リーシャ、でかしたぞ! 一介の伯爵家であるエイデル家が王都に出向き、王室直属の公爵家と縁を結ぶことになるとは、前代未聞の快挙だ!」
父マドラが大口を開け、笑った。
「リーシャ、いつの間にキディ家の方と知り合いになったんだ? これはすごいことなんだぞっ? 予定よりだいぶ早い王都進出になるなぁ!」
マクラーン公爵までもが大興奮だった。
王室って……そんなにすごいの?
私は冷や汗ものでそんな大人たちを見つめたのである。
王都で、コンサートを開く。
掲げていた夢が、まさかこんなに早く叶うことになるなんて……。
第三部、完
第四部へと、続く……
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