第59話 アイドルだった私、パツキンを泣かす

「はぁぁ?」

「おい、こいつ、誰だよ?」

 ランスとアルフレッドがズイ、と前に出た。


「お姉様、この方は?」

 アイリーンが訊ねてくる。私は首を振った。

「さぁ? タルマン公爵のお客様みたいね」

 スン、とした顔でそう返す。

「俺の名前はっ、」

「さー、みんな帰りましょうねぇ」

 パンパンと手を叩き、皆を促す。

「ちょ、いい加減俺の話を聞けよ!」

 男が私の腕を掴む。

 と、


「なにをしているのですかっ!」


 男の腕を掴んでねじ上げたのは、

「アッシュ!」

「いててててっ」

「リーシャ様に気安く触らないでいただけますかっ?」

「お前……俺が誰だかわかってるのかっ」

「存じ上げません」

「こんなっ、こんな態度を取ってただで済むと思うなよっ。俺は王都から来た、王室関係者なんだからな!」

 私以外の全員が、息を呑む。でも、


「だから、なに?」


 私だけが、まったく構わずに彼に詰め寄る。


「さっきも言ったけど、私、あなたみたいな人間が大嫌いなの! 王室関係者? だから何よ? 関係者ってだけで、王子でもなんでもないわけね? しかも、高い地位であることはあなたの手柄でもなんでもなくて、単にその家に生まれたってだけじゃない。そんなハリボテの権力振りかざして私が従うとでも? 冗談じゃないわっ。それともなに、あなたに逆らったら私、首でも跳ねられるのかしら?」

 ずんずんと男を追い詰める。


「なっ、ちが、俺はただっ」

 後ずさりながら声を出すも、お構いなしに詰め寄る。


「さっきの、なに?『俺が王都に店出してやる』ですって? あなたいくつ? 私と大して変わらないんじゃない? だとしたらお金を出すのはあなたじゃなくて、ご家族なんじゃなくて? しかも、は? 私と婚約がなんとか言ってたみたいだけど、もちろん聞き間違いよねぇ? 私、婚約なんか誰ともするつもりないし、万が一その気があったとしても、それは絶対に。あなたとの婚約なんて有り得ないから!」

 一気に捲し立て、詰め寄る。壁際に追い詰められた青年は、目にいっぱいの涙を溜めている。


 なんか、段々雲行きが……、


「そこまで言わなくたってっ」

「……え?」

 私の見間違いでなければ、目の前のいけ好かない男を、私は泣かせてしまったようだ。……って、ええっ? 泣くぅぅ?

「ちょっと、嘘でしょっ」

 私、慌てて彼の手を引くと、ホールを飛び出した。

「ごめんみんな! ここで解散ね! 私は後で帰るから!」

 と背中越しにメンバーに手を振る。


「ちょ、リーシャ様っ?」

 アッシュの声が聞こえたけど、とりあえず今は無視。


 私は彼の手を取ったままずんずん進むと、外へ出た。陽が傾きかけた中庭で、彼の手を離す。ベンチに座ると、彼も隣に腰掛けた。


「なんだ、俺と二人きりになりたか、」

「そんなわけないでしょ!」

 ぴしっと言い放つと、男がびくっと体を震わせる。

「いいとこの坊ちゃんが、あんなに大勢いる前でめそめそしてたらみっともないだろうと思って連れ出したんだけど、いらぬお世話だったかしら?」

 睨み付けると、シュンとした顔で頭を振った。

「いや、正直助かった」

 まったく、世話が焼ける。


「……で、何がどうしてこうなったわけ?」

 私、とりあえず話を聞いてあげることにする。初対面がアレだったから本当は話したくもないんだけど、王都から来たとか、王族の関係者だとか、無下に扱って私たちの活動に支障をきたすのも困ると思ったのだ。


「俺……この前のやつ、見た」

 なんで片言なのさっ。

「ねぇ、まずは名乗りなさいよ」

 イライラして、つい命令してしまう。名乗るのを拒否してたのは私なんだけどね!


「あ、ああ、俺はルナウ・キディ……です」

「で、王族関係者ってのは?」

「あ、あの、祖父が前国王の弟で、弟っていっても兄弟が多いからまぁ、あれだけど……でも、一応俺にも王位継承権みたいなのはまぁ、あるし、だから」

 ごにょごにょと言い訳じみた話をする。


 結局のところ、すんごく遠い王族って感じか。はいはい。


「で、何を見たって?」

「舞台だ! リーシャが町で歌って、踊ってた! 俺、あの舞台を見て、感動してっ。で、その、ヒトメボレってやつ……」

 弾かれたように話し始めたと思ったら、今度は急にもじもじし始める。

「それがどうしてあんな態度に繋がるのよ?」

 初対面最悪だったじゃない!

「だって……女は自信満々の男が好きなんだろう?」

 上目遣いに私を見るルナウ。


「……はぁ?」

「男らしくあれ、っていつも言われてて、だから、その」

 ……なんだろう、こう、間違った解釈? 誰に言われてそうなったか知らないけど、随分な勘違い。


「まったく! 男らしいってのは威張り散らすことでも権力ちらつかせることでも、ましてやお金の力で人を動かすことでもないでしょうっ?」

「えっ? そ、そうなのかっ?」


 ……真顔かよ。


 大きく溜息をつく私と、更にシュンとするルナウ。


「まぁ、事情は分かった。でも、申し訳ないけど私はまだ婚約とかするつもりないし、リベルターナが王都に店を出すとしても、あなたに手伝ってもらうつもりもないわ」

「でも……」

「そういうわけだから」

 私はその場を立ち去ろうとする。が、ルナウは私の手を取り、

「どうしたら俺のこと好きになってくれる?」

 と訊ねてきた。

「ええ?」

「だって、このままじゃ俺、リーシャと仲良くなるどころか、最低最悪な男って思われただけでお別れじないか。そんなのいやだっ」

「……いやだ、って言われても……」

「ねぇ、どうしたらいいっ?」

「そ、そんなの自分で考えなさいよっ」

 掴まれていた手を離す。


「じゃ、じゃあリーシャはどんな男が好きなんだっ? 好みのタイプはっ?」

「えええ? 私の好みぃ?」

 そんなの、考えたこともないわよ。

「……ん~、目標に向かって頑張ってる人、かなぁ?」

 適当に答える。が、私の言葉をルナウは真剣な顔で聞き、大きく頷いた。


「わかった。俺、リーシャに好きになってもらえるような男になるからっ。絶対諦めないからっ!」


 なんだか、面倒なことになってしまったのだった。

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