第56話 アイドルだった私、失礼なイケメンにキレる

「この度はお招きいただき、ありがとうございます」


 目の前には、フレイ・タルマン公爵、ゼネット夫人が並ぶ。更に、公爵未亡人のミズーリ・タルマン。マクラーン公爵と義理の従兄弟だった、前タルマン公爵の奥方だ。

 タルマン公爵家はリベルターナのお得意様らしく、タリアに『マーメイドテイルの公演を見たい』と口にしたのは公爵未亡人本人だとのこと。それを表すかのように、三人の表情があからさまに違う。


 公爵未亡人であるミズーリは、とても嬉しそうな晴々とした顔でこちらを見ている。

 それに対して息子である、現公爵フレイは、迷惑そうだ。我々のことも知らないと見え、また、興味もなさそう。が、奥方であるゼネットはミズーリと同じように、目を輝かせている。


「まぁまぁ、よくおいでくださいました! 本当に楽しみにしていたのですっ」

 そう言ってミズーリが私の手を握り締める。

「光栄ですわ」

「タリアにせっついた甲斐があるというものです。今日は、よろしくね」

「はい。必ずや皆さんに喜んでいただけるような舞台をお見せします!」

 元気よく答える私に、

「必ずや、って」

 とバカにしたように小さく呟く人物。

 なんと、タルマン公爵ご本人。


「口を慎みなさい、フレイ!」

 ミズーリに注意され、首をすくめる。

「しかし母上、このような訳の分からぬ余興を本当に彼の前で行うと?」

「あら、見たいと言っているのは彼の方でしょう? 私は呼ぶつもりなどなかったのに、たまたま意見が合致してしまっただけよ」

 今度はミズーリが不機嫌な顔になる。


 よくわからないけど、なんか揉めてる。彼って、誰だろう?


「えっと、それでは私は準備を……、」

 三十六計逃げるに如かずとはこのこと!


 そそくさとその場を離れ、会場である大広間へと向かう。今回は舞台の作りもいつもとは違うし、出演者も多いし、準備に時間がかかりそうだった。


 メンバーが到着するのはもう少し後だ。私は先に来て、舞台作りをしてくれる職人さん(舞台美術さんみたいなことやってもらってるけど、本業は大工さんらしい)の作業を見守る。マクラーン公爵をプロデューサー兼スポンサーにして本当によかった! 彼は資産家で、この辺を牛耳ってるただのお金持ちというだけではない。領地に住まう庶民たちと絶大な『信頼関係』を築く、スーパー領主様なのだから!


 搬入作業をなんとなく眺めていると、一台の馬車が到着する。随分立派な馬車だなぁ。まだ公演の時間までは大分あるし、マクラーン公爵のものでもない。誰だろう?

 なんとなく視線がそっちに向き、降りてくる人物を捉える。


「ほほぅ」

 これは。


 見るからに金持ち。

 更に、金髪にブルーグレイの瞳というお決まりの、きらっきらした美少年。

 私がスカウトマンなら、即、声を掛けているに違いない。女性ファン倍増するわよ。


「タルマン公爵のお客様かしらね」

 私は軽く会釈すると、その場を去ろうと歩き出す。が、何故かその美少年、私に向かって突進してきたのだ。

「やぁ、また会えたな」


 随分気さくな……ん? また?


「どこかでお会いしましたか?」

 もしかして、リーシャの古い知り合いなのかな? 引き籠りだって聞いてたけど、知り合いの一人や二人、いたっておかしくないもんね。

 私の質問に、何故か彼は笑い出す。

「そりゃそうか! お前は俺を知らないんだった!」

「……お前?」

 私、ムッとする。初対面の女性に対して、お前? こいつ、金持ってるだけのバカか。


「急ぐので、失礼しますね」

 くるりと踵を返す。

「おっと、待てって」

 何故か腕を掴まれた。

「なっ、なにっ?」

「うん、悪くないな」

 上から下までじろじろと私を眺め、そう言った。キッモ!


 掴まれた腕を、振り払う。睨み付けると、男は酷く驚いた顔をして私を見た。

「タルマン公爵様のお知り合いですか? でしたらお屋敷の中へどうぞ。私はここで失礼しますねっ」

 地の底から這うようなひっく~い声で、わかりやすく顔をしかめてそう言ってあげる。


「なっ、なんだその態度はっ」


 はぁぁぁ?

 今度は頭ごなしに怒鳴ってきた。

 許すまじ、モラハラ男!


「あなたこそなんですかっ? ええ? さっきからその失礼な態度! 女性に向かって『お前』だの、急に腕を掴んだり怒鳴ったり。それが高貴な者の態度ですかっ? 例えあなたがどこかの国の王様だとしても許されるものではございませんよ? まぁ、本当に高貴な方はそのようなことしませんけどねぇ。ハハッ。どこぞのご子息様なのでしょうけど、今後一切どこまでもずーっと関わり合いになりたくないので、もう本当に一切私に構わないでください。それでは失礼します!」


 きぃぃぃ!


 本当なら蹴りの一発でも入れたいところだけどね。きっと問題になるからそれは出来ないし。まったく。『ピーーー』とか『ピーー』とか、言ってやりたいところだわっ!


「お、おいっ」

 後ろから何か声がするけど、知らん! もう一生話し掛けてくるな! 前言撤回よっ。こんなやつ、絶対にスカウトなんかするもんですか!

 本当に頭に来ちゃう!


 こっちに来てからずっと思ってたけどさぁっ、階級って何よ? 爵位って何よ? そんなもので人の価値が決まってたまるかってぇの! それがこの世界の常識だとしても、私はそんなもの気にしないっ。


 ……けど、権力ある者との対立は極力避けるべきなんだろうな。


 大股で歩きながら、会場へ。

 舞台は順調に仕上がっている。あとは本番を楽しめばいい! さっきのバカのことは忘れよう!


「あ、お姉様!」

 アイリーン、ランス、アルフレッドが到着した。それから、ケインがニーナとオーリンを連れてやってくる。途中で拾ってきてくれたのだ。こういう気遣い、大事よねぇ。さすが、マクラーン公爵の息子だけあるわ。

 ほどなくして音楽隊がルルとイリスを連れて到着した。うん、第一部メンバーが揃ったわ。リハーサル開始ね!


「タリアとお義母様一行が到着する前に、合わせましょう」

 大急ぎでリハーサルを始める。


 今日は新しい試み。

 果たして、お気に召していただけますやら……なんて。本当は心配なんかこれっぽっちもしてないけどね!


 絶対成功する!

 私はいつだって、そう思って舞台に立つのだから。

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