第55話 アイドルだった私、計画は順調

「完璧じゃない!」


 新曲の振り付けはすこぶる順調だった。ランスとアルフレッドがずっと見てくれていたのだけど、ダンス完璧のニーナだけでなく、ケインも、オーリンもそれっぽくなってるじゃない! それに、今回はコーラスのルルとイリスにも参加してもらうことにした。まぁ、二人はダンスっていっても簡単めに、だけど。


「ランス様とアルフレッド様がとても丁寧に教えてくださったんです!」

 踊りは苦手、と言っていたオーリンも、だいぶ上達している。ケインに至っては、見違えるほどだった。

「歌も、とてもいいわね」

 ルルとイリスが顔を見合わせ。手を握り合った。

「アッシュ様のおかげです!」

「アッシュ様が、とことんまで付き合ってくださったんですっ」

 二人が興奮気味に言った。


 ああ、うちの男子たち、仕事出来るわ。


「お姉様!」

 稽古場と化している我が家の広間に駆け込んできたのはアイリーン。

「お帰り。どうだって?」

「タリアの話では、六日で仕上がる、と」

「六日っ?」

 たんまり渡したデザイン画。全部でニ十着近くあったと思うんだけど!?

「とてもやる気に満ちた目をしてましたわ」

 ……でしょうね。


「よし。それなら、問題なし。あとは当日の流れを説明するわね」


 私は、皆の顔を見ながら、セットリストを出した。今回は新人を中心に、行く。更に、公演とは違うこともする予定だから、上手く盛り上げないとね。


 打ち合わせも順調だった。

 あとは、少しばかり気が重いけど、もう一つ大事な仕事が待っているんだわ。


*****


「ごきげんよう」

 ちゃんとしたドレスに着替え、中庭のお茶会に顔を出す。


 今日はシャルナの友人たち……いわゆる、伯爵夫人たちの会合に顔を出すことになっていた。というのも、


「まぁ! 本物のリーシャちゃんだわっ」

「やだ、本物って。そりゃ本物よねぇ?」

「だぁって、今や有名人じゃないの」

「そうよねぇ。近くで見ると本当に可愛いわ」

「是非、うちにお嫁に来てほしいわねぇ」

「あら、それは抜け駆けというものよっ?」

「そうよ、そのお話はしない約束だったじゃないの」

「あらあら、みんなして」

「おほほほ」


 ああ、貴族でもおばちゃんはおばちゃんなのね……なんて思いながら、お喋りを受け流す。シャルナ、もっと怖い顔するかと思ったけど、私が褒められても特に嫌な顔はしていなくてちょっとホッとする。


「では、揃ったようですので先日のお話をリーシャから説明いたしますわね」

 シャルナの合図で、打ち合わせが始まる。


 ちなみに今日集まってくれたのは、リベルターナで下着の開発をしてくれているシャルナの友人たち。彼女の顔の広さと友人の多さは、伊達じゃない。


「初めまして、リーシャと申します。義母ははからの話を快諾してくださったと伺いました。心より、感謝いたしますわ」

 余所行き顔で、微笑む。


「今度、タルマン公爵家で行われる公演は、リベルターナのタリアからの依頼です。お店のお得意様を集めて行うとのことで、是非、やってみたいことがあり、そのためにはここにお集まりの皆様のご協力が必要不可欠。何分若輩な私の成す酔狂な一夜の夢なれど、一緒に楽しんでいただければと思っております」


 ああ、嚙みそう……。

 私、練習した口上を述べる。そして、


「今からご説明いたしますね。まず、こちらをご覧ください」

 私は簡単なラフ画を出し、当日やりたいと思っていることを丁寧に、事細かに説明していく。夫人たちの目が輝く。きゃいきゃいと女子高生のようにはしゃぐ夫人たちを見ていると、こっちまで楽しくなってくる。


 年齢なんて、関係あるのかしら?


 楽しいこと、新しいことをするとき、誰しもがこんなにキラキラするのに、今からじゃ遅い、などという事が、あるのかしら? 彼女たちを見ていると、そんなつまらないことを考える必要はどこにもないと感じる。


 そう。

 いつ始めたっていいじゃない?


「ああ、ワクワクしちゃうわっ」

「ほぉんと、こんなにワクワクさせてくれるなんて、ありがとう」

「シャルナ様に誘われて下着の開発に関わってからというもの、なんだか毎日が楽しくて仕方がないわ!」

「私もですわ!」

「絶対に成功させましょうね、皆さん!」

「頑張りましょう!」


 ご夫人たち、かなりやる気になっている。シャルナも楽しそうだった。

 これで、全ての駒が揃った。


 あとは衣装が出来上がってくれば……。


 リハーサルは念入りにやる必要がありそうだけど、まぁ、当日は野となれ山となれ、かな! うん! 私もワクワクしてきたっ。


 その頃、一方で思いもよらぬ出来事が起きようとしていることを、私は知らない。


*****


「本当にそのような訳の分からないものを見に行くと?」

 顎髭を触りながら難しい顔をする初老の男性。目の前にはカップを手にお茶を飲んでいる青年。


「ええ。あの日見た不可思議な歌と踊りを、どうしてももう一度見たいのですよ。いやぁ、本当にあれは……なんというか、この世のものとは思えぬような奇妙な体験でした」

 思い出しているのか、遠い目をしてそう語る青年を、初老の男は呆れたような眼で見る。


「タルマン公爵家、と言ったな」

「ええ。興味が沸きましたか?」

 からかうような青年の言葉を、だがふいっとかわす。

「いいや。それはお前に任せよう」

「そうですか。ご一緒に、と思いましたが」

「まさか! あんな田舎までわざわざ出向こうというお前の気が知れぬわ」

「あはは、確かにそうですね」

 青年が豪快に笑う。


「では、感想はまた後程、お伝えすることにいたします」

 カップを置き、立ち上がると恭しくお辞儀をする。

「当初の目的を忘れるでないぞ?」

 そう、釘をさす。

 青年は軽く肩をすくめ、

「わかっておりますよ。ご心配なく」

 といって、部屋を後にする。


 パタン、と扉が閉まると、また、顎髭に手を伸ばす。


「まったく、誰に似たのだろうなぁ」


 窓の外を見る。

 それでも、この気まぐれに朗報を乞うしかないのだと思うと、頷くしかなかったのである。

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