第50話 アイドルだった私、誤解を解く

 私を抱き寄せ叫ぶアッシュ。


 それを見て、呆けるアルフレッド。


 動揺する私。


「何故リーシャ様にその歌を歌ったっ? どういう意図だっ!」

 完全に何か誤解しているようだ。

「あ~、なるほど。アッシュ、誤解だ。話を聞いてくれ」

「はぁ? 話を聞けですって? ええ、いいでしょう! 話次第では私も黙っちゃおりませんがね!」

 あ、ダメだ。なんか、勘違いしたままキレてる。


「ちょっと、アッシュ誤解しないでっ」

 アッシュの腕を逃れようともがく私、ちっとも逃れられない!

「リーシャ様の元婚約者なんですよねっ? もしかしていまも未練が、」

「アッシュ、俺に歌を作ってほしい」

「そんなこと言ったって騙されませんよ! 俺は絶対にリーシャ様をっ……、は?」

「シートル、歌えることになったから曲を作ってくださいお願いします」

 一言一句丁寧に、大き目の声でそう口にするアルフレッド。


「きょ……く?」

 アッシュの力が弱まった。


 今だ! と腕をすり抜け、私も参戦する。


「そうなの。シートルにも歌をうたってもらおうかな、って思ってるの。だからアッシュ、お願い!」

 手をパン、と合わせアッシュを拝む。


「あ~、歌……ですかぁ」

「そ。歌。さっき歌ってたのは、即席選考会オーディション。リーシャからは合格もらったから、決定」

 淡々と話しを進める。

 ああ、アルフレッドも成長したなぁ。ただのおバカな令息だったあの頃とは違うんだなぁ、なんて言ったら怒られるだろうけど。


「あっ、ああっ」

 アッシュの顔が赤くなる。

「すみませんっ。変な誤解をしてしまったようでっ、その、」

 早とちりにもほどがあるって、まったく。

 そしてなんだか私も恥ずかしいじゃないかぁっ。


「いや、アッシュがリーシャにゾッコンなのは知ってるし、俺、今はリーシャのこと恋愛対象として見てないから大丈夫だ」

 ……随分キッパリ言い放つのね。

「そうなんですねっ」

 ぱぁぁっとアッシュの顔が晴れ渡る。

 嬉しそうな顔しないでよぉっ!


「そんなわけだから、アッシュ、シートルの曲を、」

 アルフレッドが言い終わるのを待たず、


「シートルは、冒険ものと失恋もの、二曲ね。それから新人用に、希望に満ちた感じの曲を一曲。全部で三曲欲しいわ」


「えっ?」

 アルフレッドが驚いた顔で私を見る。まさかそんなに大量注文を出すとは思っていなかったのだろう。アッシュも同じ顔をする。


「……三……曲ですか?」

「そ。ダメ?」

 首を傾げ、見上げる。


 あざとい!


 これ、アイリーンの真似なんだけどね!


「打ち合わせ、させていただけますよね?」

 アッシュが目の奥をキラン、とさせる。

「えっ?」

「まさか話だけ投げて終わりにするつもりじゃありませんよね? 、その三曲について打ち合わせ、させていただけますよね?」


 あ、痛いとこ突かれたな。

 丸投げ、却下だ。


「まぁ、それは……必要なら」

「必要です!」

 即答される。


「俺も協力するぜ!」

「いいえそれは結構です」

 また、即答する。


「はぁっ?」

 アルフレッドが声を荒げた。


「あとでシートルのお二人には声出しをしていただきます。音域さえわかれば、あとは何の協力もいりません。私が責任持って作りますのでご心配なく」

「じゃ、それで、」

 私がそう言うも、

「リーシャ様にはご協力いただきたい。曲のイメージや構想などもお話させていただきたいですし、是非に」


 うっとりとした顔を向けられる。

 ストレートだなぁ、ほんと。いっそ清々しい気がしてくる。


「はいはい、わかりました。明日からやり、」

「今からやれば?」

 私の言葉を遮り、アルフレッドがニヤリと笑う。

「まだ日暮れまでは時間もあるし、俺は帰るから二人で残ればいいだろ。アッシュ、楽隊は?」

「もう、帰しましたっ」

「ってさ」

 今度はアルフレッドが私にウインクをして見せた。

「ちょ、」

「たまには屋敷の外で息抜きもいいだろ」

 そう言って、さっさと帰ってしまう。


「ちょっとぉ、」

 情けない声でそう言うも、アルフレッドは振り向きもしない。薄情者!

「では……、」

 アッシュが眼鏡をクイッと持ち上げ、

「参りましょうか」

 私の手を掴む。


「どっ、どこへ?」

「二人きりになれる場所へ、です」


 くすくす笑いをしながら歩き出す。


*****


 店の外にいた人だかりはもうすっかりなくなっていた。それでも、道を歩けば何人かに声を掛けられ、舞台の感想を熱く語られる。皆、一様に、目を輝かせいかに素晴らしかったかを熱弁してくれるもんだから、なかなか先に進めなかった。


 やっとの思いで街を抜けると、アッシュは森のような、木々の生い茂る小道へと私の手を引く。


「ねぇ、これ、どこに向かってる?」

「秘密ですよ」

 誰もいない小道をのぼってゆく。緩やかとはいえ、坂道だ。このまま山の上まで行くつもりなんだろうか?


「疲れましたか?」

 振り向いたアッシュに、私は首を振る。この程度で疲れるようなやわな体力ではない!


「冒険ものと失恋もの、それに、希望に満ちた曲……ですね」

 私の要望を確認するアッシュ。そしてまた、ゆっくりと歩き始める。

「あ、うん」

「ふむ。冒険ものっていうのがよくわかりませんが」

「あ、えっとね、新しいことを始める時、っていう出発の意味でもいいし、実際に姫を助ける騎士の話みたいなのでもいいし」

「ああ、なるほど。では、失恋の歌というのは?」

「えっと、男性が失恋の歌うたうと、女子ウケがいいから」

「……そうなんですか?」

では違うのかなぁ?」


 つい、そう呟いてしまう。私の手を握るアッシュの力が、一瞬、強くなる。


「そろそろですよ」

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