第48話 アイドルだった私、感動の舞台裏を見る

 舞台が、終わる。


 鳴り止まない拍手に見送られながら、私たしはステージを降りた。

 新人たちは、皆やり切った顔をして歩いている。


 楽屋代わりの食堂に戻ると、まず、ルルとイリスが泣き出した。それに釣られるように、オーリンとニーナも泣き出し、ケインまでもがぽたぽたと涙を落とす。


「やだなぁ、みんなして」


 初舞台。

 この感動は、きっと一生忘れない。


 今までの努力が受け入れられたことへの達成感は、なにものにも代えがたい深い感動を与えてくれるのだ。


「リーシャ様、ありがとうございましたっ」

 オーリンが私の手を握り締めた。

「私っ、みんなみたいには出来なくてっ、絶対舞台になんか立てないって……思っててっ、なのに、リーシャ様がっ、わたっ、私のこと見捨てないでくれたからっ」

 あ~あ、もう、顔ぐちゃぐちゃじゃない。

「なに言ってるの、オーリン。あなたの司会進行は素晴らしかったわよ? あなたが前に出るだけで、みんな黙ってあなたの言葉に聞き入っていたでしょう?」

「それはっ、はい、」

「舞台ってね、ただ歌って踊ればいいわけじゃないの。みんな役割があって、みんな得意なことがあって、だから面白いの。ルルとイリスの歌もそう。ニーナのダンスも、ケインの一生懸命さも、みんな違う魅力なの」


 いつの間にか、私はメンバーに囲まれている。


「私だって、アイリーンやランス、アルフレッドがいなかったらここまで来られなかった。アッシュも、マクラーン公爵も、みんながいたからこそ、今ここにいられるの。みんなが頑張ったおかげで、舞台は成功したんだからね!」

「お姉様……、」

 アイリーンまで涙ぐんじゃって。


「いやぁ、素晴らしかったよ!」

 遅れてやってきたのはマクラーン公爵。

「っと、取り込み中だったかな?」

 なぜか泣いている一団を前に、公爵が一歩下がった。


「ああ、マクラーン公爵様! 問題ありません。みんな初めての舞台を終えて気が高ぶってしまっただけですので」

 ケインが慌てて涙を拭うのが見えた。


「そうか、初めての舞台というのは色々な思いが生まれるのだな。私も楽しませてもらったが、外がすごいことになっているぞ?」

「へ?」

 マクラーン公爵に言われ、外の方を覗く、と……、

「うわっ」

 そこには、ものすごい数の人だかり。


「舞台が終わって君たちがいなくなった途端、私はそこにいた人たちに囲まれたんだよ? いやぁ、ビックリした!」

 うわぁ……、

「次々に握手を求められ、感想を述べられ、感謝され、終いにゃ拝まれた」

「おがっ、」

 思わずぷっと笑いが漏れる。

「こんなことは初めてさ」

 眉尻を下げ、笑う。

「それだけ、皆の胸に響く素晴らしい舞台だったということだ。私だって、二度目だというのに、一度目とは違う感動を覚えたからね」

 掌を胸に当て、そう言って目を閉じる。


「エリサも泣いていた」

 ケインがマクラーン公爵を見る。

「母上が?」

「ああ。お前の姿を見て、思うことがあったのだろう」

 あ、ケインを見る公爵の目、父親の目だ。

 その優しい眼差しに、私、胸が熱くなる。


「ニーナ! ニーナはここかっ?」

 ドカドカと中に入ってきた御一行。

「お父さん!」

 ニーナが驚いた顔でその男性を見た。

「おお、ニーナ!」

 どうやらニーナの父……らしき男性が、ニーナを抱き締める。

「お前っ、お前すごいなっ」

「ニーナ!」

「お母さん!」

「あんたって子はっ、あんな、あんなっ」

 顔を歪めてニーナを抱き締める。


「リーシャ様! あなたがうちの娘をここまでっ。感謝してもしきれねぇ! あんなに素晴らしい踊り子に、うちの娘がっ。子爵様のご令嬢や伯爵家のご令息と肩並べてだなんて、本当に、もうっ」

 ああ、彼も泣き出しちゃう。


 私は彼の肩に手を乗せ、言った。

「ニーナの才能はとても素晴らしいものです。私こそ、ニーナと一緒に踊ることができて幸せに思ってます」

 私の言葉を聞くや、ニーナが泣きながら抱きついてくる。

「リーシャ様ぁぁ!」

「もう、泣かないのっ!」


 そうこうしていると、次の御一行。


 小さなレディは、満面の笑みで駆け寄ってきた。私の前で可愛らしくカーテシーをすると、こう、言った。


「リーシャ様、本日は素敵な舞台をありがとうございました! つきましては、私、カンナ・シャオンも仲間に入れていただきたく存じます!」

「ええっ?」

「ちょ、お嬢様っ?」

 カンナに気付いたオーリンが慌てて駆け寄った。オーリンを見つけ、カンナの目が更に輝きを増す。


「オーリン! 素晴らしかったわ! 私、とても楽しかったの!」

「お嬢様……よかったですっ!」

「でね、私はオーリンと一緒に踊って歌うことにしたの!」

 あら、決定しちゃってる。ふふ。

「お、おおお嬢様っ、そう簡単には入れないのですよ、マーメイドテイルにはっ」

「えええっ? そうなの?」

 カンナが私を見上げた。


「そうですね。まずは元気になって、沢山踊れるようにならなければ。それに、勉強も大切です。知識は芸の肥やしですから」

 なぁんて、それっぽいことを言ってみる。私自身、勉強は出来るタイプではないんだけどね。ただ、勉強が出来なくても、知識は必要っていうのは本当。


 カンナは私の言うことを真剣な眼差しで聞いていた。最後に大きく頷くと、くるりと振り返り、後ろで見守っていた両親を見上げる。

「お父様、お母様、私、頑張って元気になってマーメイドテイルに入りますわ! よろしいですか?」

 毅然とした態度でそう言ってのける娘を見た二人が、目頭を押さえる。

「ええ、ええ、勿論ですとも!」

「カンナ、頑張ろうな!」

 カンナを抱き締め、それからカンナの父、シャオン子爵が私の手をガッチリと掴む。

「リーシャ様、ありがとうございます! 本当に、なんとお礼を言えばいいのかっ」

「いえ、そんな、」

「是非、今度我が家へお越しくださいっ。何かお礼がしたい」

「そんな……、」


 私は慌てて首を振ったのである。


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