第45話 アイドルだった私、新人たちの初舞台

 会場には、この日のために用意した椅子席と、立見席がある。基本的には椅子席はいわゆる来賓席で、マクラーン公爵夫妻、息子夫婦のほか、今回デビューとなるルル、イリス両家の皆さん、オーリンが仕えているシャオン子爵家、それに、宿屋のニーナ一族と友人たちが座っている。さすがにエイデル家、ダリル家は今回呼んでないのよね。まだ私たちを知らない人たちに知ってもらうための公演だから。


 それから、立見席にはマクラーン公爵が所有する土地に住んでいる街の方々。子供から大人まで、百人はいるかしら? こんなに集まってもらえるなんて……。公爵の力もあるとは思うけど、嬉しいな。


 ここにいる全員を、私たちの海に引きずり込んでやるんだ。うふふ、燃える~!


「さ、みんな、行くわよ?」

 私が右手を差し出す。そこに、みんなが手を重ねていく。

「マーメイドテイル~」

『ゲットウォーター!』

 気合いを入れて、舞台へ!


*****


 音楽が始まると、客席から拍手が起こる。私たちを知らない街の人たちは「貴族の若い子たちが社交ダンスでも披露してくれるのか?」程度の認識らしい。


 それなら、と、まずは無難に社交ダンスから始めよう。ランスと私、アイリーンとアルフレッド、ニーナとケインが組む。優雅に、軽やかに、ステップを踏み、回る、回る、回る。


 ザワ、


 観客が声を出すのを感じる。今だ!


 私のでフォーメーションを変える。全員がバラバラになり、同じ音楽で全く違うダンスになる。手を振り上げ、足を高く上げ、右へ、左へ動く。動きながら形を変えスピードを上げると、それに合わせるように音楽も早くなる。私たちの動きと、音楽との融合。そして最後は、ジャンッ、という弦の音に合わせて全員がポーズを決めた。


 シン、と静まり返る、観客。呆けている、顔。そして……、


「うおおおおお!」

「きゃ~!」

「すごいっ、なにこれ!」

「かっこいい~!」


 飛ぶ、歓声。

 そうよ。これが私たちの舞台!


 そして演者がはけると、そこに登場するのはオーリン。ダンスは苦手、歌も苦手、だけどね……、


「会場の皆さぁん、こぉんにちわぁ!」


 彼女には、がある。抑揚の付け方、人の気を引く話し方、コロコロと変わる表情はアイリーンのそれと似てるかな。とにかく、引き付けられる。


「あれあれぇ? みんなの声が聞こえません! もう一度いきますよっ、こぉんにちわ~!」

 オーリンの言葉に、小さな子供たちを中心とする数十人が『こんにちわぁ!』と答える。どっと沸く、会場。


「今日は、私たちマーメイドテイル、シートルの舞台にお越しくださり本当にありがとうございます! どうか最後まで、楽しんでいってくださいねぇ!」


 ワーッと盛り上がる、会場。


「それでは、次は本日初舞台となりますルル・ヴェスタとイリス・ザックの歌に乗せ、小さな舞姫、アイリーン・エイデルが別世界へと誘います。曲は『ビアンカ』です」


 盛り上がっている会場をオーリンの曲紹介が少しずつトーンを落とすことで雰囲気を一変させる。ビアンカの、静かで切ない世界観へと。


 会場中が固唾を呑んで「次」を待つ。今度は何が起きるのか、一体何が、と。


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


私が見る夢は いつも

現実味のない モノクロの世界

そんな風に君が言うから 色をつけたくなったんだ

君に似合いそうな 優しい色を


空は青いのか?

月は出てるのか?

風は吹いているのか?

花は咲いているのか?

子供たちは笑っているのか?

時は流れ続けているのか?

今日という日は存在するのか?

君は生きているのか?

俺は何をしているのか?

何もわからなくなってしまった


誰といても どこにいても

幸せになんか 多分なれなくて

本当はみんな 自分を騙してるんだ


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


 二人のハーモニーはどこまでも美しく、アイリーンのコンテンポラリーダンスと相性抜群だ。見たこともないしなやかで艶のある、それでいてメロディとリンクするような切なさを表現するアイリーンの舞を、観客は時にうっとりと、時に胸を締め付けられる思いに駆られながら見入っていた。


 マクラーン公爵夫人はそっと涙を拭っている。ううん、他にも何人か、曲が進んでいくにつれ、すすり泣く声が聞こえ始める。


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


君を騙してでも 全部が夢でも

幸せだって 思わせたくて

本当はいつも 騙されたくて仕方ないんだ


騙してあげる 現実を見失うほどに

だからほら こっちにおいで


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


 曲の最後は、アイリーンが客席の誰かをターゲットに手を伸ばして終わる。アイリーンが手を伸ばしたのは、カンナだった。確かに、ビアンカの歌詞はオーリンの想いに似ている。君を騙してでも、全部が夢でも、幸せだって 思わせたくて……。まさにそんな思いで、彼女は今まで頑張ってきたに違いないのだ。


 大きな拍手を浴び、深くお辞儀をする、ルル、イリス、アイリーン。子爵家のご両親も感動して泣いているようだった。娘の晴れ舞台。しかもこんなに美しい舞台の一端を担っているんですもの。感動して当然なのです!


 見ると、カンナもまた、一生懸命手を叩いている。満面の笑みだ。


「美しい舞のあとは、皆さんの心を一気に鷲掴み! ランス・ダリル、アルフレッド・ダリルによるシートルと、新人ニーナ・バレスのパフォーマンスをお楽しみください!」


 オーリンの紹介で舞台を見ると、ランスとアルフレッドが肩を並べてポーズをとっている。打楽器が激しく打ち叩かれ……、


 さぁて、次のドキドキを投入しま~す!

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