第43話 アイドルだった私、鬼の霍乱
野外ステージでの公演が迫ってきた。
マーメイドテイル、シートル、そこに新人も加わって、うまく融合、纏まり始めてきていた。
人が増えるという事は、それだけ面倒も増える。しかし、それ以上に、可能性が広がるという事でもある。どんなコンセプトで、どんな表現方法で、順番は? 考えなければいけないこと、決めなければいけないことは山ほどあるのだ。
「ニーナ、そこはアルフレッドより目立っていいからバーンと前に! そうそう、そのくらいやっちゃって構わないっ」
ランス、アルフレッドに宿屋のニーナを加えた三人の演舞。とにかくニーナがめちゃくちゃカッコいいのだ! でも……、
『私なんかが前に出るだなんて、恐れ多いですぅ!』
これがニーナの口癖。
多分、平民である自分が爵位持ちの二人と並ぶってことに抵抗があるんだろうな。そんなこと気にしなくていい、って何度も言ってるんだけど、そう簡単に覆らないわよね。生まれてからずっとの決まり事だもん。
「ランス、アルフレッド、ニーナに負けないくらいの踊り、踊ってよ?」
茶化して言うと、肩で息をしながらランスが返す。
「んなことわかってるよっ、けどっ、ニーナがタフすぎるっ」
アルフレッドもしゃがみこんで、
「体力っ、底なしかよ、ニーナ」
そんなニーナだが、多少呼吸の乱れはあるものの、シャキッとしているのだ。三曲ぶっ通しで踊ったというのに。
「えっと、私、店の手伝いで毎朝仕入れに往復一刻半ほど走ってましたので、体力だけはあるんですよねぇ」
「一刻半っ?」
「マジかよっ」
しかも仕入れってことは、荷物も持ってるんだよね、帰り道……。そりゃこの程度ではへこたれないわね。それに加えてあのリズム感と踊りのセンスの良さ! まさに天才!
「じゃ、そこ三人は休憩。次、ルルとイリス、歌の準備ね! アイリーン、いける?」
「ええ、もちろんですわっ」
マーメイドテイルのバラード曲『ビアンカ』をルルとイリスが歌い、アイリーンがコンテンポラリーダンスを踊る。踊るっていうか、もうアイリーンのダンスって、舞うって感じ。流れるようなしなやかな動きと切ない表情が、彼女を何倍も大人っぽく、艶っぽく見せる。
「ああ、今日もアイリーン嬢は美しい……」
私の隣でケインが心の声を駄々漏らしていた。いつもだけど。
チラ、と見ると、ランスもアイリーンのダンスをじっと見つめている。
あれ以来、特に三人に変わった様子は感じられない。現状、目の前の舞台で頭も体も手一杯っていうのが正直なところではあるけど。
「あの二人、本当にすごいわ……」
私は歌っている二人に毎回驚かされる。声の美しさだけじゃない。ピタリと嵌るハーモニー。表現力の深さは天下一品だと思う。マーメイドテイルの持ち歌はすべて完璧にマスターしているし、それだけじゃなく、編曲したものも今では全部歌えるのだ。アッシュがつきっきりで面倒見てくれていることもあるけど、あの二人も底抜けの才能持ってるんだと思うな。
歌が終わり、アイリーンが最後のポーズをとる。余韻と静寂が辺りを包み、思わず鳥肌が立ってしまう。
「最高! 本当に素晴らしいわっ」
手を叩いて三人を迎える。この分なら、本番も街のみんなをアッと言わせることができるに違いないと、確信する。
さて、次は、と。
「じゃ、このあと頭から流してやってみま、」
グラリ、と世界が回り、私、バランスを崩して膝を突く。
「お姉様っ?」
頭を押さえしゃがみこんだ私に気付き、アイリーンが駆け寄る。そのアイリーンの声に反応するように、
「おい、リーシャどうした?」
「大丈夫かっ?」
「リーシャ様っ?」
メンバーがどっと押し寄せる。
「やだ、もうごめん。大丈夫、ちょっと眩暈がしただけだから」
笑顔でそう答えるも、
「リーシャ様!」
最後に駆け寄ってきたアッシュが青い顔で私を覗き込んだ。
「具合が悪いのですかっ?」
私のおでこに手を当て、
「少し熱っぽいですね」
と皆に伝えた。
そういえば少し、寒気がするかなぁ。困るなぁ、こんな時に体調不良なんて。体調管理は、基本中の基本なのに。
そんなことを考えていたら、急にふわりと体が宙に浮いた。
「ふえっ?」
「とにかく、今日の練習はここまでですね。アイリーン様、リーシャ様のお部屋は?」
私はアッシュに抱きかかえられていたのだ。いわゆる、お姫様抱っこ……。うわぁ!
「ちょ、大袈裟よ。私ならだい、」
「ダメです! そうやってあなたは何でもかんでも全力すぎる! 早めの対処が大事なのですよっ。アイリーン様?」
アイリーンを促す。と、アイリーンが大きく頷いて、
「皆様、今日は解散いたしましょう。お姉様のことは私に任せてください!」
そう言って、微笑んだ。
「さ、アッシュ、こちらへ」
ホールを後にし、屋敷の中を進む。女中たちが何事かと私を見遣る中、お姫様抱っこのまま、部屋へ。目立ちすぎる!
駆け付けたマルタが、急いでベッドを整えると、私はその上にそっと降ろされる。
「アッシュ、ごめん。重かったでしょ?」
そもそもアッシュって音楽隊所属のひょろっと系男子。よく私のこと持ち上げたなぁ、なんて考えてたら、跪かれ、両手を握られる。
「何を仰っているんですっ。あなたに何かあったらと思うと、それだけで私は心臓が止まりそうです!」
ええっ? ただの眩暈なのにぃ。
「そう……よね。もうすぐ本番って時に、私がこんなじゃ、」
「そうじゃない!」
アッシュが握った手に力を籠める。
「体調が悪くなって倒れそうになるあなたを見て、私がどれほど不安になるか。私が今どうしたいかなど、きっと想像もできないのでしょうね!」
あ、めちゃくちゃ心配してくれてるっていうのはわかった。けど、
「どうしたい……のかしら?」
つい、興味本位で訊ねてしまう。アッシュは私の耳元に顔を寄せ、
「部屋に閉じ込めて、ベッドに縛りつけて、元気になるまでずっとお世話したいです。誰にも邪魔させず……二人きりで」
囁く。
「ひゃぅっ」
変な声、出た。
アイリーンとマルタがいる前で何てこと言うの、アッシュ!
「では、私はこれで失礼します。リーシャ様はゆっくりお休みください」
深く一礼し、部屋を出ていくアッシュ。
私は、一刻も早く体調を整えなければと思ったのである。
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