第42話 アイドルだった私、オーリンの特技を見抜く

「まっ…、まだっ、できますっ!」


 まるでスポコンもののドラマを見ているかのようだった。踊り終えたダンス。肩で息する私とアイリーン。膝をついて乱れた呼吸のまま私を見上げるオーリン。


「これ以上は無理よ」

「そうですわ、オーリンが倒れてしまいます。この後お仕事もあるのでしょう?」

 彼女はシャオン子爵の家でメイドとして働いているのだ。アイドル活動は、子爵家から特別に許可をもらい、やっているのだとのこと。


 私とアイリーンの言葉にも彼女は頑なに首を振る。


「私、もっと頑張らなきゃ。こんなんじゃ、カンナ様に喜んでいただけないっ」

 ん?

「カンナ様?」

 聞き返す私に、オーリンはポロポロと涙を流しながら答えた。


「私がこの活動を始めたのは、カンナ様のためです。カンナ様に笑顔になってほしくて。なのに私、全然うまく踊れないしっ」

「もう、そんなに泣かないで。ほら、少し話しましょう」

 へたり込んでいるオーリンを立たせ、椅子に座らせる。今日の練習はとっくに終わっており、私とアイリーンはオーリンの居残りに付き合っていたので他には誰もいない。


「カンナ様って、子爵家の?」

 私の質問に、オーリンが頷く。

「はい。私が働いている子爵家のお嬢様です。まだ十歳なのですが、生まれつき体が弱く、ベッドから出ることもままならないのです」

「何か重い病気なの?」

「いえ、それが……お医者様は心の問題ではないか、と」


 なるほど。


「ある時、子爵家においでになったお客様がマーメイドテイルの話をなさって、それを聞いたお嬢様が今までにないほど目を輝かせて『私も見てみたい』と仰ったのです」

「へぇ」

 興味を、持ってくれたってことね。

「それで、つい『私がマーメイドテイルに入ったら観に来てくださいますか?』って言ってしまって」

「見に来るってっ?」

「はい。オーリンが歌ったり踊ったりするところを見たい、と」


 なるほど。これキッカケでカンナが外に出られるようになったら、って意味もあって、子爵はオーリンがこの活動をすることを許したのね。普通、女中がアイドルに、なんて、仕事との両立考えたら無理だもの。


「だから、なんとしてでも私はマーメイドテイルに入れていただいて、カンナ様に見ていただきたいのです!」


 誰かを笑顔にしたい。

 それって、アイドルとしては満点の動機だわ。だけど……、


 正直、オーリンは踊りが下手で、覚えも悪い。一生懸命さは認めるけど、目を引く華やかさはないんだよなぁ。そこが決定的にケインとは違う。

 ケインは、下手な中にも華がある。何故か目で追ってしまうような魅力があるのだ。アイドルとして、これはとても大きい。下手だけど一生懸命……。これはファンが大量につく可能性を秘めている。

 何とか彼女のいいところを引き出してあげたいけど……。何ができるだろう?


「オーリンは、カンナ様付きの女中なのですか?」

 アイリーンが訊ねる。

「ええ。初めてシャオン子爵のお屋敷にお仕えした五年前からずっと、カンナ様付きです。幼いカンナ様のお世話をしながら、なんとか元気になってほしくて色んなことをしました。絵本を面白おかしく読んでみたり、お屋敷で働く誰かの物真似をしてみたり、」


「ちょーっと待って!」

 ……これは、イケるのでは?


「ねぇ、アイリーン何か絵本、持ってる?」

「絵本?」

「なるべく内容が面白いやつ!」

「えっと、取ってきますわっ」

 パタパタと走っていく後姿を見送りながら、最大限の期待を込める。もし、そうなら……私の想像通りなら……。


「あの、リーシャ様?」

 急に絵本の話が出て、オーリンは不安になったのか私を見つめている。

「あ、ちょっと、聞かせてほしいの。カンナ様に読んでいたのと同じような感じで」

「えええっ? でも、あの読み方はっ」

「カンナ様を楽しませるために、読んでいたのでしょう? 幼い彼女を、笑顔にするために」

「……はい。だからその、芝居じみてると言いますか、その……、」

「そう! それでいいの!」

 ガシッとオーリンの肩に手を置く。


「お姉様、これをっ!」

 アイリーンが駆け込んでくる。手には数冊の絵本。どれもアイリーンのお気に入りだったものらしい。


「さぁ、じゃ、始めましょうか!」

 私は絵本をオーリンに渡した。

「ああ、これ懐かしい! カンナ様もこの絵本が大好きだったのです!」

「……ってことは、それ読んだことあるわけね?」

「もう、読んでいたというか、何度も何度も読んですべて覚えているくらいですっ」

 当時を思い出すのか、楽しそうな顔でそう言ってのける。

「そっかぁ。じゃ、?」


 私、あえて『読んで』とは言わず。

 私の勘が間違っていなければ、彼女は、


「ここで、ですかぁ?」

「そうよ。私とアイリーンをカンナ様だと思ってやってみてよ。全力で!」

「全力で……、」

「そうよ、カンナ様を喜ばせるために、舞台に立ちたいのでしょう? 私を納得させることが出来ないと、舞台には立てないのよ、オーリン?」

 私の煽りに、オーリンがハッと顔を上げる。そうよ。舞台に立ちたいのなら、あなたの本気を見せてくれなきゃ。


「……わかりました。でも、当時カンナ様はまだ幼くて、ですね」

「わかってるって! その時と同じでいいから、うん」


 なかなか決心の付かないオーリンを口説き落とし、何とか絵本を手に押し付ける。オーリンは手にした絵本に目を落とし、大きく、深く息を吐き出した。


「私はいつも、泣いてばかりのカンナ様を笑わせたくて、少しでも、元気を取り戻してほしくて。だから絵本を読むときは、全身全霊を掛けて力一杯読むのです。カンナ様を笑顔にするために。私は、カンナ様のことが本当に、大好きなのです!」


 パラリ、と絵本をめくる。


「では、読ませていただきます。今日のお話は、『魔法使いティティと星のうさぎ』です」


 オーリンの、独り舞台が始まる。


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