3章 新人編

第41話 アイドルだった私、新人をどう生かすか悩む

 それからの私たちは、次の舞台に向けて一丸となって練習に勤しんだ。マクラーン公爵が次の舞台として用意したのは、街の一角にある野外ステージ。


 なんで、外?


 誰もが首を傾げたのだけれど、その野外ステージは元々、街の人たちが催し物や祭りを行う広場のような場所であり、漏れなくマクラーン公爵家の領地。

 つまり、領地の皆さんに向けて、新しい事業のお披露目と、慰労を兼ねてプチパーティーをやりたいってことみたい。


「野外かぁ。しかも見に来るのは街の人たち。となると、貴族相手の演出は通じないだろうなぁ」


 頭を悩ませる。

 研究生として入ってくれた宿屋の娘、ニーナは、とびっきりダンスが上手いけど、今までの人生でダンス経験はなし。単なる天才。つまり、町人や商人は社交ダンスなんかしないということ。子爵家でメイドをやってるオーリンですら、目にしたことはあれど踊ったことはない、だもんね。まぁ、そっか。うちのマルタだってきっとダンスはしないだろうな。

 ってことは『みんなで手と手を取り合ってダンスを!』ってやつは、出来ない。

 んんん、でも、こう、舞台とお客が一体になるような感覚を……なんとか。


 一体感……。


「そっか!」

 よし、閃いた! うん、これでいけるはずだ! ……多分。でも、これをやるってことは、また……、


「アッシュ~! お願いがあるんだけど!」

 私は、楽隊に向けて声を上げていた。


 あの告白以来、なんとなくお互いを意識し合うようになった私とアッシュ。とはいえやらなければいけないこと、考えなければいけないことが多すぎて、もじもじしている暇はほとんどなかった。アッシュがどう思っているかはわからないけど、私は少し、ホッとしている。


「お願いって、またですかぁ?」

 眉を寄せ私を見るアッシュ。心底面倒臭そうな顔してくるんだよなぁ。あんたそれ、好きな女に向ける顔じゃないと思うんだけど?

「編曲でしょ? どうせ」

 はぁ、とため息をつく。アッシュは編曲が嫌いらしい。

「えへへ」

 笑って誤魔化す私に、アッシュが言った。


「リーシャ様、私ね、段々わかってきたんですよね」

「え? な、なにが?」

「ない曲を作ることより、ある曲を新しく構成し直す作業の方が、大変なんです! 特にマーメイドテイルの曲はおかしなテンポだったりするから特にだ! で、どの曲です? シンクロですか? どんな風に?」

 早口で捲し立てるアッシュ。


「えっとね、今回私がやりたいことはね……、」

 私がやりたいことを話すだけで、アッシュは大抵のことを汲み取ってくれる。細かい指示なんか出さなくても、スッと理解してくれるのだ。

「ああ、なるほど。それは面白そうですね。でしたら進め方としては……」

 編曲だけじゃない。舞台演出についても、時々意見をくれる。私一人では担えない部分をそっと、だけど確実にフォローしてくれる。なんとも、有難い存在になっていた。

「ああ、それ、いいかも!」

「でしょうっ?」

 パッと顔を上げると、視線がバチリとかち合う。

 急に、恥ずかしくなり慌てて視線を逸らす私に、アッシュがわざと顔を近付ける。近っ!


「なんで目を逸らすんですかぁ~? リーシャ様ぁ」

 にまにましながら覗き込んでくるなっ。

「別にっ!」

 負けず嫌いの私、キッとアッシュを睨み、そこからはもう、一秒たりとも目を逸らさないでやったわ!

「可愛い」

 ふにゃ、と顔をほころばせるアッシュ。何故かムッとする私。

「じゃ、そういうことで、よろしくねっ!」

 ピッと指を立て、何故か敬礼ポーズを取り、私はその場を去った。早足で!


 不覚にも、心拍が乱れた。

 なんだろう、こう……、

 未知なる世界!


「負けないんだから!」

 何の勝負かもわからないけど、私はどこの誰とも知らない敵に向かって宣戦布告をしたのである。


*****


「じゃ、今度のライブコンサートの詳細を伝えるわね」

 私、アイリーン、ランス、アルフレッドの外に、研究生であるニーナ、オーリン、ルル、イリス、それにケインが輪になっている。研究生の五名は、出番の多い少ないはあるにせよ、全員が今度の舞台を踏むことになる。


「まず、ニーナはシートルと踊ってもらう」

「ええっ?」

 いきなりのイレギュラーに、ニーナが驚く。でもね、

「ニーナのダンスはシートルの二人に匹敵するダイナミックさがあるわ。だから、男装の麗人っていう感じで、男二人に負けないくらいカッコよく決めちゃってほしいの。

「私……できるかなぁ」

 不安気なニーナに、アルフレッドが声を掛ける。

「問題ないって! ニーナのダンスのキレは俺たちのお墨付きだからな!」

「アルフレッド様……勿体ないお言葉ですっ」

 ニーナがウルウルしながら頭を下げる。


「ニーナのご両親も見に来るんでしょ? 度肝を抜く演出、考えなきゃね!」

「はい!」

「それから、ルルとイリスの二人は、歌。もう覚えたでしょ?」

「バッチリです!」

「全部マスターしてます!」

 ずっと楽隊付きっきりで練習してたもんなぁ。編曲バージョンも、なかなかいいし。

「二人のメインとしては『ビアンカ』になるわね。二人のハーモニーと、アイリーンのダンスが組み合わさってできる独特の世界観。これを観客に存分に味わってもらう」

「はい!」

「頑張りますっ」

「わかりましたわっ!」

 三人が頷く。


「そして、ケインとオーリンだけど、」


 ダンスが下手で、歌もうたえなくて、だけど情熱だけは誰にも負けない勢いの二人。


「リーシャ様っ! 恐れながらっ。その、私、どうしても舞台に立ちたいのですっ」

 手を挙げ、懇願するオーリン。

「お願いしますっ。私……少しだけでもいいので舞台にっ」


 うん、わかってるって。彼女に、見てほしいんだよね?


 私は、先週オーリンに聞いた話を思い出して胸熱になっていた。

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