第40話 アイドルだった私、アイドルの性を知る

 夜。


 眠れない、夜。


 私は夕食の後、早々に部屋へと戻り、独り悶々としていたのだった。


 アイドル活動。生半可な気持ちで出来るものではないし、私はこの世界に『アイドル』というものを作り出した張本人。もちろん、それに対して後悔なんか微塵もないし、楽しくて仕方がないのも事実。

 巻き込んでしまったアイリーンや、ランス、アルフレッドのこともあるし、新しく入ったメンバーのことも考えていかなければならない。

 更に、マクラーン公爵の言っていた、学校の件も……。


「脳みそフル回転で体もあと二つくらい欲しいところだわ」

 つい、そんなことを口にする。

 いつになく弱気になってしまうのは、さっきのことが原因なのだろうか。


 あんな……、あんな、


「ひゃぁぁぁ」

 思い出すだけで赤面する。


 自分がこんなに初心ウブで、単純で、免疫ないなんて知らなかったっ。

 ベッドの上でごろごろ転がっていると、


 コンコン


 誰かが、来た。


「誰?」

 声を掛けると、

「お姉様、大丈夫ですか?」

 アイリーンだ。

 私はベッドから飛び降り、ドアを開ける。そこには心配そうに私を見上げるアイリーンと、お茶のセットを持ったメイド長のマルタの姿があった。

「二人とも、入って」

 中に通すと、マルタが手早く二人分のお茶を淹れてくれた。


「ごめんね、アイリーン。心配させて」

「いえ。夕食の際、あまりにも心ここにあらずでしたので……」

「やだ、ほんとっ?」

 普通にしてたつもりだったのにっ。

「アッシュからのお話は……そのぅ?」

 首を傾げる、その角度は今日も完璧です! でも少し目をキラキラさせすぎてるわよ、アイリーン。結局はその話が聞きたいんじゃないっ!


「……聞きたいの?」

「是非!」

「是非!」


 ……ん?


 マルタがハッとした顔で口元を抑えた。


「あらいやだ、つい」

「マルタまで?」

「そりゃ、気になりますわよ。あの、引き籠ってばかりで何の気力もなく死んだように生きていたリーシャ様が、こんなに活発になられて、しかも男性から告白を受けるだなんてっ。お相手はあの楽隊の?」

 マルタまで目をキラキラさせてきた。っていうかね、リーシャって一体どんな子だったわけ? こんなに可愛いのに、なんで引き籠ったりしてるのよ、勿体無い!


「はいはい、それではお話いたしましょう」

 私はマルタが入れてくれたお茶を飲みながら、言った。たまにはこんな風に女同士で恋バナするのも悪くないかも?


「そもそも、アイリーンはいつから気付いてたの?」

 私が話を振ると、アイリーンは少し考えて、

「なんとなくそうかな、とは思っておりましたが、決定的だったのはやはりあの曲ですわね」


 愛のうた。


 まぁ、そのままズバリ、だもんね。


「でも、あれは公爵夫妻のために書き下ろした曲じゃない」

「それは、まぁそうですが、あの歌詞を読んだらわかりますわ、普通」


 ガーン。

 言い切られてしまった。


「そう……なんだ。みんなわかってた?」

「お姉様以外は気付いていると思いますわ」

「ああ……、」

 今更ながら、自分の鈍感さに落ち込む。そうか、みんな知ってたんだ。へぇ……。


「で、なんて言われたのですっ?」

 改めて、アイリーンが先を急かす。マルタもうんうんと頷きながら私を見つめている。

「うん、まぁ、その」

 私、恥ずかしさが前面に押し出してきて、なかなか言葉が紡げない。

「好きって言われたのですかっ?」

 我慢できなくなったマルタが声を上げる。

「……言われた」

「アッシュのことですから『返事はいらない。アイリーン様のお役に立てれば』とかじゃないんですのっ?」


 ええっ?


「アイリーン、エスパーなのっ?」

 そのものずばりを言い当てられ、焦る。

「違いますわっ。でも、アッシュなら言いそうですもの」

 と言いながらも、ドヤ顔である。

「まぁ、そんな感じ」

 なんとなくお茶を濁す。そしてお茶を飲む。


「で、どうなさるのです?」

「どうって……?」

「だって、そこまで熱烈なアプローチを受けたのでしょう?」

「それはっ……そんなこと言ったらアイリーンだってケインに熱烈なアプローチ受けまくってるじゃない!」


 うん、反撃開始だっ。


「それは……ビックリしてますわ。あんなにあからさまに褒めてきたりして。まっすぐすぎです」

「でも悪い気はしないでしょ?」

「それはまぁ」

 アイリーンがマーメイドテイルやりたいって言い出した動機が『ちやほやされたい』だもんね。まさにちやほやされてる状態。気分が悪いってことはないんだろう。けど、


「けど、私が言い寄られているところを見ても、ランス様は何も仰ってくれません」

「それは、」

「今日も、ケインのことを子ども扱いしてましたわ。私と同じ年齢のケインを、わざと子ども扱いしているのです。あれは私に対して言っているのと同じことですっ」

 目にうっすら涙を溜めて、唇を食いしばる。年齢差五歳は、今のアイリーンにしたら大きいだろう。

「だから私、言って差し上げましたの! あと十年経ったら五年など大した差ではない、って!」

「……うん、その通りよ!」


「私、決めましたわ!」

 拳を握り締め、立ち上がると強い眼差しで宙を見据える。

「ランス様が放っておけなくなるくらい、いい女になってみせますっ」

「それいい! 素敵だわ、アイリーン!」

 私とマルタ、思わず拍手をしてしまう。

「そのためにも、私は今以上にアイドル活動を頑張らなければなりませんっ。お姉様、よろしくお願いしますわ!」

「了解! アイリーンのいいところ、もっともっと見せつけてやりましょう!」

「はい!」


 ……てなわけで、私たちは結局、アイドルとして輝き続けることを何より重要視してしまうのだった。


 職業病ってやつかしらねぇ?



第二部、完


第三部へと、続く……

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