第39話 アイドルだった私、初めての告白
すっかり陽が傾き、その日は解散することにした。私とアイリーンは、屋敷を後にしたマクラーン家とダリル家の馬車が小さくなっていくのを見届ける。
「お姉様は、」
前を向いたまま、ぽつりとアイリーンが呟く。
「え? なに?」
「いえ……お姉様は恋をなさったことがあるのかな、と思いまして」
恋!
私は記憶の中に眠る恋心を必死に思い出そうと試みる。が。
あっれぇ~? どっこにもなぁい!
「……ごめん、アイリーン。私、あの二人にとても偉そうな口利いてしまったけれど、ないわ、恋愛経験」
素直に非を認めよう。
だって、ずっとアイドル道突っ走ってきたのよ? 恋愛なんかする暇どこにもないじゃないかっ。そりゃ、芸能界はイケメンの宝庫ですけどね? 顔だけ良くたって性格がとんでもない場合の方が圧倒的に多かった!
「ですわね、やはり」
くすっとアイリーンが笑う。
「え? なに? 知ってたっ?」
「他人のことはよく見ておいでですけど、ご自身のことはまったく見えていない……気付かないみたいでしたので、きっと経験はないのだろうと思っておりました」
「へ? 自分の事?」
思い出してみる。私は誰かに恋をしていたっけ? いやぁ、してないでしょ?
「あ、違いますわ。お姉様が誰かを好きなのではありません」
「……じゃあ」
「お姉様を好きな方の事ですわ」
「私を? でも、ダリル家の二人はもう、」
元婚約者だったアルフレッド。私に一目ぼれしたランス。確かに二人とも私にモーション掛けてきていたけど、アイドル活動始めてからはもうすっかり私への興味はなくなって……というか、同志に近い関係性に変わってるはずなんだけどな?
「本当に、お姉様は」
アイリーンが困った顔で首を振る。
「あんなに熱烈なラブコールを受けておいて、まったく気付かないのですか?」
「ええっ? ラブコール?」
誰かに告白されてたっけ、私っ?
「それにも気付いていないんですの? 呆れますわ、本当に」
呆れる、と口では言いながら、楽しそうに声を上げて笑うアイリーン。
「ランス様でもアルフレッド様でもなく、ましてやケイン様でもないのですから、もうわかってしまいますわね」
残ってるのは……、嘘っ。
「ほら、あそこでお姉様を待っていますわ。行ってきて!」
見ると、中庭のベンチでアッシュが手を振ってこっちを見ていた。そう言えば、話半ばで切り上げちゃったんだ。あの時アッシュ、もしかして……えええっ?
急に恥ずかしくなる。こう見えて……って言い方はおかしいけど、私、生まれてこのかた告白らしい告白なんてされたことないんですけど! そりゃ、アイドルしてた頃はファンから熱烈な言葉をもらったりすることもあったけど、でもこういうガチなやつは、ない!
夕焼けが眩しい。アッシュの顔をオレンジ色に染めている。眼鏡の奥の瞳が、いつもより優しく見えるのは思い込みだろうか。
「アッシュ、待たせちゃってごめんなさい。話の途中で放置なんて」
「大丈夫ですよ、リーシャ様」
「……で、その、」
なんだか意識しちゃう。私が不自然なまでにしどろもどろなもんだから、アッシュも気付いたみたいで。
「私があなたを好きだって、やっとわかったんですか」
ホッとしたような、残念そうな口調でそう言った。
「……本当…なんだ」
疑ってたつもりはないんだけど、思わずそう呟いてしまう。
「あれだけわかりやすいラブソングを提供したというのに、まったく気付かないリーシャ様がおかしいと思うんですけどね、僕は」
「ラブソング?」
……って、ああ!!
「あ、あああああ愛のうたっ?」
作曲を頼んだ愛のうた。結局はアッシュが全部ひとりで作ってくれたのだ。
「……愛なんて簡単な言葉で済ますには、あまりにも浅はかで物足りないよ。愛なんて曖昧な形のないものに、この想い委ねるのはなにかが違う」
アッシュが歌詞を読み上げる。私の目をじっと見て、ゆっくりと。
「なんと言えばいいのか、伝える術がわからないんだ。どうしてもわかってほしい。好きでたまらないんだ」
一歩ずつ、私に歩み寄るアッシュ。
「失くしたくないから、いつもそばにいてほしくて。触れていたいから、いつも君を思って」
私の手を、握る。
そして膝をついた。
「伝えたくて、届けたくて。この心歌に乗せ君に送るよ。これは不器用な僕からの愛のうた。君を思って止まない僕からの愛のうた」
うわぁぁぁぁ!
あま~~~~~い!
今頃気付くなんて!
私バカなんじゃないっ?
「リーシャ様、私、アッシュ・ディナは、リーシャ・エイデル様をお慕いしております。私は子爵ですし、しがない音楽家です。リーシャ様をお慕いすること自体、本来なら許されることではないのかもしれません。しかし、この想いを伝えずにはいられなかった。あなたが私のことなど眼中にないとわかっていても、それでも私は……あなたが好きなのです」
真剣な眼差し。
痛いほど伝わってくる思い。
「あの、私……、」
何を言えばいいのだろう。今までアッシュをそんな風に見たことなどなかった。ううん、私は今までの人生で、誰のこともそんな風に見たことなんてなかったんだ。
「困らせてしまいましたね」
立ち上がり、しかし握った手を離すことなく、それどころか引き寄せるようにしてアッシュが顔を近付ける。
「でも、やっとこちらを向いてもらえた。私は今、とても満足してます」
「……意地悪ね」
気恥ずかしくなり、視線を逸らす。
「ほら、そんな風に、今まで見せてくれたこともないような顔。その顔を知っているのは私だけだ。でしょう?」
微笑んでいるアッシュの顔が、いつもよりずっと大人びて見える。私は顔が火照っていることに気付き内心慌てたけれど、きっと夕日が隠してくれているに違いない、と思い直す。もう一度きちんとアッシュの顔を見る。
「アッシュの気持ちは分かった。でも私、」
「言わないでください」
私の言葉を遮り、アッシュが続ける。
「わかってますよ。リーシャ様には今、大事なことが沢山ありすぎる。とても私が入る余地などないことくらい、わかっています。だから返事などなくていい。私はただ、あなたのそばで、あなたの助けになれるならそれでいいのです」
「アッシュ、」
「そんな顔しないでください。大丈夫ですよ。これからも今まで通り、私は楽隊のアッシュとしてリーシャ様と共にマーメイドテイルを支えます。あなたを、支えます」
そう言って、私の手に口付けた。
ひょわぁぁっ!
「さぁ、もう陽が沈む。お屋敷へお戻りください。また明日、お会いしましょう」
「あ、うん」
スルリ、と私の手を離し、アッシュが背を向けた。私も背を向け歩き出す。
と。
「リーシャ様」
呼ばれ、振り返る。早足で戻ってくるアッシュに、私は抱きすくめられていた。
「……好きだ」
耳元でそう囁かれる。
ほんの一瞬の出来事だ。アッシュはすぐに私から離れると、
「おやすみなさい!」
と言って走り去った。
私は、固まったまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
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