第38話 アイドルだった私、愛の告白を聞く
「話?」
アッシュが急に真面目な顔で向き直るもんだから、私もなんとなく立ち上がり背筋を伸ばす。
「リーシャ様はもうとっくに気付いてるんだと思ってました。でも本当のところ、わかってて誤魔化されてるのか、周りは見えてもご自分のことには疎いのか、どっちなのかわからないからハッキリ言います!」
「な、ななななにっ?」
拳を握り締めてプルプルしているアッシュを前に、流石の私も緊張する。と、
「あ、いたいた。アイリーン!」
走ってきたのはアルフレッド。
「また邪魔が入ったぁ!」
アッシュが膝をついて頭を掻きむしる。さっきからタイミングを逃しまくっているアッシュは、一人、むくれてしまった。
「……あれ? なんか取り込み中?」
アルフレッドがしれっと言ってのける。何があったんだろ?
「そっちこそ、どうかしたの?」
「あ、それがさ、ケインが兄さんに絡んじゃって」
「ええっ?」
「ランス様にっ?」
「とにかく、なんとかしてよ、リーシャ!」
なんで私なんだっ。
とは思ったけど、そんなこと言ってる場合ではなさそう。
「アッシュ、ごめん! 話はあとでちゃんと聞くから!」
私はそう叫びながら、ホールへと走ったのだった。
*****
「だからさ、勝負しようって言ってるんだ!」
そんな声が聞こえてくる。私は息を整え、ホールの扉に耳を当てた。今のは、ケインね。勝負って、何の話になってるわけ?
「だから、なんでそうなるんだ? さっきも言ったように、俺はお前たち二人のことに口出しするつもりはないって言っているだろう? 好きにすればいいんだよ」
少々投げやりな物言いで答えているのはランス。
「それが気に入らないんですよっ。本当はそんなこと思ってないくせに、大人ぶっていい子ぶって、そうやって自分を誤魔化すんですかっ?」
「別に大人ぶってもないし、誤魔化してもないって言ってるだろっ?」
ん~、ちょっと二人とも感情的になりすぎてるかなぁ。
「はい、そこまで!」
私はパン、と手を叩いて二人の間に割り込む。バツが悪そうに俯くケインと、ムッとした顔のランス。
「何を揉めているのか、ケイン、説明して」
多分吹っ掛けたのはケイン。思うところあってのことなんでしょうけど、先輩に喧嘩売るなんていただけないわ。
「あの…、僕……」
視線を激しく動かしながら体を硬くするケイン。私はそんなケインの肩に、そっと手を置き、顔を覗き見る。
「あのね、ケイン。私たちはここに、何のためにいるのかわかる?」
「……はい」
「だったらどうしてランスに突っかかるようなことをしたの?」
「それは……、それはランスさんがアイリーン嬢に対して、」
「おい!」
ケインの言葉を遮るように、ランス。
「ランスはお黙り!」
ピシャリと、言い放つ。
「ええっ?」
「アイリーンに対して、何?」
先を促す。
「アイリーン嬢に対して思わせぶりな態度を取るのを見ていられなかった」
「だから、そんな態度は取ってな、」
「ランス、待て!」
ランスの口の前に手をかざし、言う。
「俺は犬かっ」
不貞腐れるランスは置いておき、続けさせる。全部、吐き出させる。
「思わせぶりかは別にして、つまりケインは、ランスが自分の感情を殺していると思っているわけね?」
「……絶対そうです」
キッとランスを睨み付け、ケイン。
「じゃ、次はランスの番」
「はぁ?」
「ぶっちゃけ、アイリーンのことどう思ってんの?」
「えええっ?」
あまりにもストレートに聞かれたもんだから、不意打ちくらって顔を赤くするランス。なるほど、そんな感じなのね、と察する。
「なんだよ、急にっ」
「あら、私が気付いてないとでも思った? 知ってるわよ、ランスの気持ちくらい。それに、アイリーンの気持ちもね。でも正直、それがどの程度のものかまではわからないし、どうしたいのかも知らない。だから見ないふりしてたんだけど」
じっとランスを見る。わざと視線を外し、目を合わせようとしないランスに、私は告げる。
「私はね、マーメイドテイルもシートルもとても大事よ。だけど、それ以上にアイリーンや、ランス、アルフレッドの人生そのものを大切に思ってる。アイドル活動は一過性のものだけど、人生は死ぬまで続くの。だからね、ランス、もっと大きな視野で周りを見て。本当に大事なもの、無くしたりしないでよ」
「リーシャ……」
「それと、ケイン」
「はいっ」
「あなたの素直さ、まっすぐさはとても素晴らしいわ。それは認める。でもね、みんなそれぞれ、やり方ってものがあるの。誰もがみんなあなたのようには出来ない。わかる?」
「……それは、」
「あなたはあなたが正しいと思うことをすればいい。でも、自分の正義を人に押し付けたりしないで。それはとても愚かな行為よ?」
特にケインは、この先、あのマクラーン公爵の息子として生きていくのだ。権力者であればあるほど、思考と発言には注意が必要。でないと、周りが不幸になってしまうもの。
「ランスの想いも、ケインの気持ちも、アイリーンにとっては宝となるはず。なのにこんなところでぶつけ合って、大切な気持ちをお互い傷付け合ったりしないでよ。お願い」
交互に二人を見つめ、懇願する。
「……悪かったよ」
ランスが声を絞り出す。こういう時、変に意地を張ったり、無駄なプライドを掲げて拗らせたりしないのはランスのいいところだな、って思う。相手は階級が上とはいえ、自分の弟より年下のガキなのに、きちんと謝れるってなかなか出来るもんじゃないと思う。
「僕も……すみませんでした。ランスさんが悪いわけじゃない。ただ、僕がランスさんに嫉妬したんだ。みっともないな」
ケインもまた、自分の愚を認めた。うん、これでもう大丈夫かな?
「僕は諦めません。アイリーン嬢があなたを好きだとしても、僕はそう簡単に身を引いたりはしない。こんな風に心の底から誰かを好きになったのは初めてなんだっ。遠慮はしませんから!」
ランスに向かってそう、力強く宣言するケインの言葉を、ドアの向こうで俯いたまま聞いていたアイリーンであった。
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