第37話 アイドルだった私、鋭いのか鈍いのか

「ちょっと、アイリーンどうしたの?」


 私に抱きついて泣きだしたアイリーンを、私はとりあえず抱き締めた。ホールで練習していたはずなんだけど、何か揉め事でもあったのかしら?


「お姉様! 私、一体どうすればいいのかわかりませんっ。この気持ちは何なのです? なんでこんなに苦しいのですかっ?」

「え!? どこが苦しいのっ?」

 踊りすぎて過呼吸でも起こしてしまったんじゃないかと心配になる。でも、泣いてはいるものの、呼吸に乱れは感じられない。


「心が、痛いのです……」

 しゃくり上げながらそう言って私を見上げるアイリーンはとんでもなく可愛い。私の妹、可愛すぎるんだけど!


「ちょっと落ち着いて。ね? ここ、座って。ちゃんと話してみて」

 私はベンチにアイリーンを座らせ、背中を優しく撫でる。落ち着いて来たのか、泣くのをやめてしばらく何かを考えると、少しずつ言葉を紡ぎ出す。


「こんな気持ちになるのは初めてなのです」

 組んだ指を解いたり絡めたりしながらポツリと話し始める。

「私、ケインが来てから、おかしいのです」

「え? ケインのこと好きになった?」

「違いますっ」


 即、否定。ケイン、ごめん。


「ケインが事あるごとに私のことを褒めたり、好きだと言ってきたりするのです。それ自体は別に嫌ではありませんわ。彼の正直な気持ちなのでしょうし、褒められて悪い気はしませんもの。まぁ、少々行き過ぎている気は致しますが」

 あ、それはいいんだ。

「じゃあ、」

「それを聞いたランスが茶化すのです!」

 え? 茶化されて怒ってる? ランスったら子供っぽいところがあるからないあ。


「ああ。それはお辛いですね」

 何故か隣で聞いていたアッシュが深く頷いた。


「え? アッシュにはわかるのっ?」

「は? わかりますよ。リーシャ様だけでしょ、わかってないの」

「私にだってわかるわよ! ランスが子供っぽく茶化してくるのが嫌なんでしょ?」

 自信満々でアイリーンに告げるも、何故か変な顔で私を見る。その顔、さっきのアッシュと同じなんだけど!


「お姉様は気付いていらっしゃると思ってましたが……」

「何に?」

「私がランスのことを…その、」

「あ、うん。好きなんでしょ?」

 それはなんとなく気付いてた。いつの間にそうなったのかは知らないけど。

「そこまでわかったら、わかるだろ?」

 アッシュに詰められる。

「え? どういうこと?」

 私は思わず首を傾げる。

「アイリーン様は、ランス様に女性として意識してもらえないことがお辛いんですよ!」


 ……ん?


「だって、両思いでしょ?」


「えっ?」

「は?」

 アイリーンとアッシュが同時に声を上げる。


「お姉様、何を根拠にっ」

「根拠っていうか……ランス、いつもアイリーンのことすっごく大切そうに見てるし」

「えええっ」

 アイリーンが頬に手を当て、目を見開く。


「ふとした瞬間、すごく優しい目でアイリーンのこと目で追ってるから、両思いだと思ってたんだけど?」

「でもっ、でもランス様はいつも私を子ども扱いしてっ」

「それは、まぁ実際アイリーンはまだ子供だし」

「ケインから言い寄られている私を見ても平気な顔をしてっ、」

「まぁ、平気かどうかは知らないけど、彼、もう十九だからね。そんなにわかりやすく嫉妬するところを見せたりはしないんじゃないかな?」


「でもっ、では私がケインと恋人同士になっても構わないと?」

「複雑なところでしょうけどね。でも、自分は伯爵家、ケインは公爵家、しかも公爵家の中でも有力なお家柄の次男でしょ? 結婚するならマクラーン公爵家の方が……なんて考えてたりするんじゃないのかなぁ?」

「なんですの、それっ?」

「好きな人には幸せになってほしい、って思うの、自然じゃない?」

 アイリーンがハッとした顔になる。

「では、私のために身を引いている、と?」

「ん~、私の勘だけどね」

 本当はそんな優しさいらないんだけど、大切な相手になら、彼はそうするかも。


「リーシャ様って……、」

 アッシュが呆れた顔で、

「鋭いのか鈍いのか、どっちなんです?」

 と呟く。

「え? なにが?」

 キョトン、としてる私を見て、アッシュがふかぁぁい溜息をつく。


「……お姉様、私、どうしたらいいのでしょう?」

 目に涙を溜め、アイリーン。


「どうって?」

「だって、私はランス様をお慕いしているのに、ランス様は私とケインがうまくいけばいいと思っているのでしょう?」

「それは……あくまでも私の見解でしょ? ちゃんとランスの口から聞くまでは、気にしなくてもいいと思うわ。それに、アイリーンはランスに思いを伝えたの?」

「それは……」

「でしょ? ランスは、アイリーンが自分を好きだってわかってないのかも。まずは気持ちを伝えるところからなんじゃないかな?」

「お姉様……」

 見つめ合う私とアイリーンに、アッシュが挙手をして割り込んでくる。


「ちょ、待って、質問なのですが!」

「なによアッシュ?」

「あの、アイドル活動に恋愛のあれやこれやを持ち込んでもいいのでしょうかっ?」

「……どういうこと?」

「いや、だって一緒に活動していくのに、誰が誰を好きで、とか、やりづらくなったりはしないのか、と」


 ん~。それねぇ。いわゆる『メンバー内恋愛禁止』ってやつ。確かに、愛だの恋だのはややこしいし、こじれたらやりづらくなる可能性はあるんだけどね。


「私は、舞台に対してきちんと責任を取れるって言うなら、恋愛したっていいと思ってる。逆に、舞台に支障をきたすようなら降りてもらうけどね」

 ちょっときついかな? これ。

「思うんだけど、私たちは見てくれる観客に夢や希望を与えるべき存在。そんな私たちに、夢や希望がないのは問題だと思うの。だから、恋はしたらいいと思うし、私たちはいつも楽しくあるべき!」

 持論だけど。


「だからね、アイリーンはどうなりたいかを考えて、自分に正直にいたらいいと思うわ」

「お姉様…、」

 アイリーン、嬉しそうに笑うと私の腕に絡みついてくる。少しは力になれたかなぁ?


「なるほど、そういう事でしたら。リーシャ様にお話があります!」

 急にアッシュが真剣な顔で言った。

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