第36話 アイドルだった私、恋心は難しい
「あの、さっきはありがとう」
休憩時間、ケインはそっとアイリーンに近付き礼を述べた。
「お礼を言われるようなことはしておりませんわ」
ふい、とそっぽを向くアイリーンに、しかしケインは食い下がる。
「そんなことはありません! あんなにダメな僕を見捨てず練習に付き合ってくれて、褒めてくれて、本当に君はっ、天使なのか?」
激しめのお礼である。
「ばっ、なにをいってるんですのっ?」
照れるアイリーン。
「おいおい、またやってるのかケイン」
にまにましながらやってきたのはシートルの二人。ケインとはだいぶ打ち解けたようだった。
「またとは何ですか。僕はいつだってアイリーン嬢に対して自分の気持ちを正直に伝えようとしているだけですっ」
「確かに正直だよな」
ぷっ、と吹き出しながらアルフレッド。
「そこがケインのいいところだしなぁ」
ケインの頭をワシワシ撫でながら、ランス。
「ちょ、ランスやめてくださいよ。すぐそうやって子ども扱いをっ」
「だって子供だろ? 俺と五つも違うんだぜ?」
はは、と笑うランスに、アイリーンがピクリと肩を震わせた。そして、拳を握る。
「あら。たかが五年じゃありませんか。今は少し差を感じるかもしれませんが、十年後なら? 大した違いなどございませんわっ」
「……どうした、アイリーン。そんなムキになって」
ランスに言われ、ハッと我に返る。思わずムキになって言い返してしまった自分を恥じる。きっとこういうところが、子供っぽいと言われてしまうのだ。
「な、なんでもありませんっ。子ども扱いしないでいただきたかっただけですっ」
そう言ってどこかに行ってしまう。
「あいつ、反抗期か?」
腰に手を当てそう呟くランスを、ケインはただ黙ってじっと見つめていた。
*****
その時、私は外で、アッシュと打ち合わせをしていた。
中庭のベンチに座り、次の公演の相談をひとしきり終える。
「そういえば、今度楽隊の一人が辞めることになりまして」
アッシュの言葉に、私、焦る。
「え!? もしかして私のせい? 練習に付き合わせすぎて嫌になったのっ?」
「ぷっ、なんですかそれ。違いますよ。婚約が決まったので楽隊を抜けるんです」
「……あ、ああ~」
いわゆる、寿退社か。
「それはおめでたい話ね」
安心した。
ここんとこずっと、楽隊の皆さんのこと振り回してた自覚があるから、そのせいかと思って焦っちゃったわ。
「そういえばアッシュって、恋人いないの?」
「へぁっ?」
私の質問に、何故か変な声を出すアッシュ。
「なんですか唐突にっ」
「いや、だって楽隊のみんな以上に、アッシュにはマーメイドテイルのことで時間取らせちゃってるし。もし優先すべきことが他にあるなら、」
「いませんよっ」
言い切る、アッシュ。
「私は今、非常に充実してますっ。こうしてリーシャ様と音楽の話をして、一緒に活動できていることは私にとって誇りです!」
真剣な顔で、そう告げられる。
「そう? それならいいのだけど」
「リーシャ様はわかっておられないっ」
急にアッシュが立ち上がるもんだから、私も釣られて立ち上がってしまった。
「え? わかってないって、」
「私がどんな思いでいるか。あの曲を作ったのだって……」
「あの曲って、ああ、愛のうたのこと?」
あれは素晴らしかった。アッシュの音楽性の高さを思い知らされたというか、曲だけじゃなく、彼の書いた詩そのものも素晴らしい出来で……。
「もしかしてアッシュ……」
私はふと心に浮かんだ思いを口にする。
「あの曲って……もしかして、」
うわ、そうか。そうだったんだ!
私、頬が紅潮するのを感じる。アッシュは多分……。
「あなた、恋をしているのっ?」
私の言葉を聞いたアッシュの顔が見る見る間に赤く染まる。これってビンゴじゃない! こう見えて私、恋バナ嫌いじゃないのよ!
「そっか、そうだったのね!」
「ちょ、リーシャ様」
眼鏡の奥で狼狽える瞳。口元を隠すように手を当て、目を泳がせる。
「それならそうと言ってくれればいいのに! 馴れ初めは? 私に出来ることある? ねぇ、お相手ってどこのどなたなのっ?」
矢継ぎ早に騒ぎ立てる私を、アッシュがこの世のものとは思えない特殊な生き物を見るみたいな目で見つめてくる。
あれ?
「えっと、私なにか、変なこと言った……かしら?」
あまりにも冷めた視線を向けられて、焦る私。アッシュ、今度は眉間に皺を寄せて溜息をついた。
「わざとですか?」
「へ?」
「わざとやっているのか、それともあなたはバカなのかっ?」
「……は?」
なんで急にバカ呼ばわりっ? やっぱり私、何か間違った発言をしているのか!
「あの、ごめんなさい、私なにかおかしなことを?」
真剣に謝る私を見て、アッシュがチッと舌打ちをする。嘘でしょっ。舌打ちされるほど気に障ること言っちゃったのっ?
「リーシャ様、あなたには小手先の戦術など意味がないと思ってはいました。ですが、ここまでとは」
「戦術? え? 戦い?」
どんどん話が逸れていく……ように感じるのだけど。
「もう結構です。この際だからきちんとお話します。コソコソ逃げている私も悪い」
アッシュが真面目な顔でそう言う。
「逃げて……? アッシュ、どこかの国の逃亡兵かなにかだったのっ?」
「はぁぁ? 何を言ってるんですか?」
「だって、戦術とか逃げてるとか、訳ありな身の上なのかと。あ、でももしそうだとしても、この地で平和に暮らせるように私がなんとか」
「リーシャ様!」
暴走する私をアッシュが制する。
「はっきり申し上げます。私が恋をしているお相手は、」
「お姉様!」
アッシュの台詞を横取りして飛び込んできたのは、アイリーン。
「え? アイリーン?」
何故かアイリーンは私に抱きついて、泣き始めてしまったのだった。
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