第35話 アイドルだった私、研究生の教育
研究生たちも含め、本格的に活動を始めた私たちのところに、プロデューサーでもあるマクラーン公爵が顔を出したのは数日後のことだった。
「ええっ? 学校……ですか?」
それはまさに、寝耳に水。
とんでもなく大きな話だ。
「すぐに、というわけではないんだ。だが、考えてみてほしい。これからの活動のことや、練習場所、拠点という意味でも、悪くはないだろう?」
ニヤ、と笑って話を切り出すマクラーン公爵は、まさに商売人のそれである。
「そう……ですね。興行としてやっていくのであれば、人を育てたり練習したり、色々としなければいけないことは多いと思います」
「それに、だ。折角君たちが作り上げてきたこの『アイドル』という活動を、君たちだけで終わらせるのは勿体無い。私はね、これからもこの活動を、文化として続けて、定着させたいと考えているんだ」
ああ……そうだ。私たちはいずれ、この活動から手を引くことになるのだ。それが何年後かはわからないけど、少なくとも十年なんて時間は残されていないのだろう。この世界では、結婚して家を出て、子を成して家を繫栄させるのが女性の存在価値に直結する。男性だって、なにかしら家業を継いだりして仕事をするのだ。そもそもある一定の年齢が来たら、アイドルという位置づけは難しくなる。当たり前のことだけど。
「そんな先のことまで考えていただいて……ありがとうございます。私に出来ることはなんでもしますわ」
「うむ、よろしく頼むよ。……ところで、」
きょろきょろと廻りを見渡し、誰もいないのを確認して、更に声を潜める。
「うちのケインは、どうだい?」
ふふ、やっぱり気になるみたいね。
「ああ、頑張ってますよ、とっても」
私、笑顔でそう答える。
「次の舞台には立てそうかい?」
「あ~……それは、」
思わず苦笑い。
というのも。ケイン、社交ダンスはそこそこ上手いんだけど、他がね……
「いや、いいんだ! 何も言わないでくれ。楽しみにしているから、よろしく頼む、と。それだけを言っておきたかったのだ」
「あ、はい」
「では、失礼する」
そう言って公爵は待たせていた馬車に乗り込み、去って行った。
アイドルの養成所。
公爵が話していたのは、まさにそんな話に近い。学業も一緒にと考えているのであれば、アイドルのための学校、ということになるのか。とにかく、一大プロジェクトであることには違いなかった。
「壮大すぎる話だわ……」
あまり考えないでおこう。
私はブルッと頭を振って、皆の待つホールへと急ぐ。
*****
「だから、そうではありませんっ」
扉のむこうから、アイリーンの少しきつい言葉が飛び込んでくる。踊りも歌も一切妥協しない彼女は、とにかくストイックだ。でも、研究生相手にあの厳しさは、ちょっときついかなぁ? なんて思いながら中に入ると、何故かアイリーンがケインに向かって発した言葉のようだった。
「え? なんで?」
アイリーンはケインを避けていた。まぁ、あれだけ面と向かって好意をぶつけられたらやりづらいだろうから、私もそれはそれでいいと思っている。だからわざと、男子、女子で別れて練習をするようにしていたのだけど。
見ると、シートルの二人がニーナとオーリンを教えている。コーラス隊のルルとイリスは、二人とも自宅で講義を受けており、それが終わり次第合流するようだ。
この近くには学校というものがない。だから貴族の令嬢、子息たちは家庭教師のような博識な人間を抱え、もしくは雇い、家で勉強をさせるのが普通なのだ。年齢的には五歳くらいから始まり、十六、七歳くらいまでに必要と思われるカリキュラムを終わらせるのだという。王都の方に行けば学校もあるみたいだけど、全寮制となると……。
子を成して、五歳で全寮制の学校に入れて十七歳まで。数年後には結婚、となったら、親子でいられる時間があまりにもなさすぎるじゃない? だから田舎の方の子はみんな自宅で勉強するって。これはメイド長のマルタに聞いたんだけどね。
にしては、ケインもアイリーンも何故講義を受けずにここにいるか? それはね、二人ともとーっても頭がいいんですって! 授業は随分先まで進んでるから、多少勉強の時間削っても屁でもないっていうんだから大したもんよね。
「どうかした?」
私、駆け寄って話を聞く。
「あ、お姉様」
アイリーンがホッとした顔で私を見上げた。
「すみません、僕があまりにも出来ないばかりに、アイリーン嬢に迷惑を」
しゅんとした顔で項垂れるケインに、アイリーンは腰に手を当て強い口調で言い放つ。
「それは間違ってますわ、ケイン様! あなたは誰より一生懸命やっておりますっ。それはみんなが理解しています。教えたとおりに出来ないことに関しては、不器用にもほどがありますが、そうやっていじけた態度を取るのは如何なものかと思いますっ! もっとご自分に自信を持ってくださいませっ」
ああ、流石だわアイリーン。きついこと言いながらもフォローを忘れない。というか、ちゃんとケインを見てるってことが伝わってくる。そしてちゃんと彼を認めてる。
言われたケインも、顔を赤らめて放心しちゃってる。
「あ、ありがとう……ございます」
耳まで赤いね!
「そうか、うまく出来ないのか……。ね、ちょっとやって見せて」
私は、アイリーンとケインを並べ、踊らせてみることにした。開始直後、うん、キレはないけどなんとかなってる。進むにしたがってテンポが合わなくなる。ターンはブレるし伸ばした腕は曲がる。なるほど、これはなかなか……。でも、私、気付いた。
ケインのダンスは一生懸命で、少し悔しそうに、歯を食いしばってアイリーンに追いつこうとしているその姿勢が、目を奪う。数段上いくアイリーンのダンスより、何故かケインを目で追ってしまうのだ。
それもまた魅力のひとつ……か。
「はい、そこまで!」
手を叩き、二人を止める。
次の舞台にはまだ早いと思っていた研究生たち、もしかしたら出せるかもしれない。みんな違って、みんないいってやつかもしれない!
心の中でほくそ笑む。
客の心を掴むのは『完璧』ではなく『未完成』だったりする場合もあるのよねぇ。
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