第34話 アイドルだった私、味方は多いに限る!

「そうよね、歌! 何か歌える?」


 解散しようとしてたのなんかすっかり忘れ、ついおねだりをしてしまう。だって聞きたいじゃないっ?


「あ、では『水辺のほとり』をお願いできますか?」

 アッシュに向かってそう言ったのは、赤毛がトレードマークのルル・ヴェスタ。もう一人はブロンドの巻き毛が美しい、イリス・ザック。


 曲名を聞き、アッシュは小さく「ああ、」と呟き楽隊に指示を出す。

 ゆったりとしたメロディが流れ、ルルとイリスが音を、奏でる。


*゜*・。.。・*゜*・。.。


空の青に手をかざし 仰ぎ見る

故郷の懐かしき夢を 振り返る

その水辺のほとりで 手に手を取った

その水辺のほとりで 愛を語り合った


北の大地に花咲けば 特別を知る

出会い別れ形を変え いつか会える


*゜*・。.。・*゜*・。.。


 唱歌みたいなものなのだろうか。とても美しい調べだった。そして何より、この二人のハーモニーが信じられないほど美しいのだ!


 私だけじゃない。その場にいた全員がポーッと二人の歌声に魅了されてしまった。ああ、二人の歌声でアイリーンのコンテンポラリーダンス、綺麗だろうな……。


「お姉様、私、彼女たちの歌で、」

「踊りたい。でしょ?」

 パチン、とウインクをしてみせる。

「え?」

 驚くアイリーンに、告げる。

「私も同じこと考えてた。この歌声にアイリーンのコンテンポラリーダンスは絶対合うなぁ、って」

「お姉様っ!」

 きゅっとアイリーンが抱きついてくる。甘えられると弱いんだ、私。


「二人とも素晴らしいわ! ハモリもバッチリじゃないっ。もしかして二人って……?」

「あ、実は私達は幼馴染で……」

 ルルとイリスが見つめ合う。

「それと……、」

 イリスがチラッと目を遣った先には、

「あ、バカ。余計なことをっ」

 何故か、アッシュ。


「え? アッシュ?」

 気まずそうにアッシュがそっぽを向く。

「知り合いなの?」

「選考会に来ないか、って声を掛けてくれたのはアッシュ様なのです」

 イリスがそう言った。

「アッシュが?」

 チラ、とアッシュを見ると、バツが悪そうな顔で頭を掻いている。

「ちょっと、アッシュ?」

「……あ~、なんていうか……はい」

 観念したのか、素直に認めた。


「我がディナ家と、ザック家は遠い親類なのです。で、イリスが…その、歌がうまいっていうのは知っていたので、マーメイドテイルに入ったら、歌に厚みが出るんじゃないかな、と思いまして」

 もじょもじょと呟く。


 ああ、アッシュはアッシュで、マーメイドテイルのことを考えてくれてるんだ……。


「アッシュ……」

 私、ジンと来ちゃった。

 こうやって、みんなで作り上げていくんだ。マーメイドテイルも、シートルも。なんにもなかったこの場所で……ここから。

「やだっ、お姉様ったら泣いてるの?」

 アイリーンが驚いた顔で私を見上げる。

「え? リーシャ様っ?」

 オロオロとアッシュが歩み寄ってくる。

「あ、ごめん。嬉しくて」

「なんだよ、嬉し泣きかよ!」

 ホッとした声でアルフレッド。

「嬉し……泣き?」

 アッシュが私に聞き返す。


「うん。だって、そんな風にマーメイドテイルのこと考えてくれてるんだなぁ、って思ったらさぁっ」

「あっ、当たり前じゃないですかっ! リーシャ様がこんなに頑張っているのですから、どんなに小さなことだって力になれたらと、私はっ」

 勢いよく話し出したものの、途中で我に返ったように口を閉ざすアッシュ。


「……とにかく、まぁ二人は研究生という事ですから、これから先どうなるかはわかりませんがよろしくお願いします」

 ペコリ、と頭を下げる。


「こちらこそよろしくだわっ。アッシュも本当にありがとう。もう、みんな大好き!」

 気分が高ぶってそんなセリフを口にしてしまう私。と、何故かアイリーンがふぅ、と肩をすくめた。ランスも苦笑いだ。アルフレッドは何故か笑いを堪えている。アッシュは頭を下げたまま固まっていた。


 なに?

 なんなの??


*****


 夕食の後、私は義母であるシャルナに呼び出されていた。


「う…わぁぁ……」

 見せられたソレを、私はキラキラの目で見つめていたに違いない。だってシャルナが照れた顔をしていたから。


「お義母様、素晴らしいわ! これも、これも、ああ、これもっ!」

 並べられているのはシャルナが描いたデザイン画。そして、それを基に作った盛りブラの試作品なのである。


「そう……かしらね?」

 顔を引き攣らせながらそう答える。

「やっぱりお義母様に託して正解だったんだわ! 私ではこんなに美しいデザイン思い付きませんでしたからっ」


 代わる代わる盛りブラを手に取り、眺め、うっとりする。色といい、デザインといい申し分のないブラ。可愛いだけでなく、これを付けることによって形が整えられる乳! 絶対売れるに違いない!


「タリアは、なんて?」

「ええ、まぁ、喜んでいたようだけど」

「でしょうねっ! これを生産して商品化出来たら、これはもう、一大革命だわ!」

「……なんだか大袈裟だこと」

 そう言ってそっぽを向くシャルナに、私は声を大にして言いたい。


「とんでもない! お義母様の考えてくださったこのデザイン下着を売ったら、きっと爆発的に流行すること間違いなしです! これなんか、若い子にウケそうだし、こっちは淑女の皆さんにとても似合いそうだもの!」

「あら、それ……」

 私が掲げたブラに、シャルナが食いつく。

「私もそれが気に入っているの」

「ですよね? これ、とても上品で、でもいい具合に可愛らしさもあってとてもいいと思います!」

 レースをあしらったベージュのブラ。シンプルな中に、乙女の柔らかな印象と大人の女の凛々しさが表現されているかのようなデザイン。伊達じゃないんだな、壁画作家。


「では、タリアにはあなたも気に入ったようだと伝えることにするわね」

「ええ、勿論そう言っていただいて構いません!」

 そっかぁ、作った試作を、わざわざ私に見せてくれたんだ。私が言い出しっぺだから気を遣ってくれたのかも?


「もう、下着に関してはすべてお義母様に委ねますわ。こんなに素敵なデザインをしていただけるんですもの。お店に並ぶのが今から楽しみです!」

 試作品を渡しながら、そう、告げる。と、いつもきつい顔のシャルナがふっと顔をほころばせた。


「あなた……本当に変わったのね」

「え?」

「記憶を無くす前とは大違いだわ」

「あ~……」

 ま、別人だもんね。そうは言えないけど。


「生まれ変わった、っていう感じなんですかねぇ? へへ」

 私は、笑って誤魔化したのである。


 ほんの少しかもしれないけど、シャルナとの距離が縮まったような気がした。


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