第30話 アイドルだった私、契約成立
マクラーン公爵家での公演を終え、マーメイドテイルとシートルは上流貴族の中でも話題を掻っ攫うこととなった。今や貴族たちの間では、マーメイドテイルの公演を見たことがあるか、ないかのマウント合戦だけではなく、次は自分の屋敷で公演を! と争奪戦のようになっている。
それと並行するように、私、アイリーン、ランス、アルフレッドそれぞれに、婚姻の申し込みが殺到している状態だった。
「では、これで」
にこやかに調印を終わらせるマクラーン公爵を前に、エイデル家、ダリル家当主は緊張した面持ちで顔をこわばらせていた。この辺りを牛耳っている領主であるというのは伊達ではないようだ。
「ご子息、ご息女の舞台のことは、私が責任持って運営していきますので、ご安心ください」
「そんな、それはもう、」
「ええ、マクラーン公爵様に後ろ盾になっていただけるなんて、身に余る光栄で」
階級社会、って感じよね。爵位によってこうもあからさまに態度が変わってしまうんだものね。
「では、ここから先は当人たちと話を進めさせていただく。よろしいか?」
「勿論です!」
「よろしくお願いします」
へいこらしている二人を置いて、マクラーン公爵は部屋を出る。私たち四人もそれに続いた。別室に落ち着くと、公爵はふぅ、と息を吐き、頭を抱える。
「それにしても君たちの存在は想像を遥かに超えてきたよ。我が家での公演を見た多くの者が君たちに関しての情報を聞き出そうと必死だ」
問い合わせ殺到、ってやつね。うん、嬉しい悲鳴!
「それから、うちのケインなんだけどね」
アイリーンが体を固くするのが分かった。
「どうやら本気で
「ええ、勿論参加は自由です。でも、ご子息だからといって、」
「特別視はしない。だろう?」
「すみません」
「いや、それで構わないさ。私が後ろ盾になったからといってケインを特別扱いする必要はない。そのために私を立てたのだろう?」
私は大きく頷いた。
「ええ。階級など関係なく、なんなら貴族以外からでも素質のある子がいれば仲間に迎えたいと思ってます。質を上げるためには、純粋に『舞台に出せるかどうか』で決めさせていただきますわ」
それだけは絶対、譲れない。
「うむ。それでいい。で、その選考会はどのように進めようと?」
「そうですね。まずは募集内容を取りまとめて、窓口がマクラーン公爵家であることを広く知らしめなければなりませんね。我が家やダリル家に届いている、希望者からの書状に返送することと、ご婦人やご令嬢が行きそうなブティックなどの店に張り紙を頼むこと。あ、公爵様のお屋敷にも……例えば門の外なんかに、張り紙をさせていただけるとわかりやすいかもしれませんね」
「なるほど」
「最初の選考会になるので、さほど人は集まらないと思うのですが、一次審査は面接にします。まずはどんな思いで応募してくれたのか、熱量や考え方なんかを聞いてみたいので」
「俺も、熱量は大事だと思ってる」
ランスが続ける。
「ただ目立ちたいとか、そういうのはいらないからな。リーシャの稽古は半端なく厳しいし、その辺、ちゃんと確認しないと」
あは、厳しいって思われてた!
「態度も見たいよな。階級を盾に威張り散らすようなタイプは後々困りそうだし」
アルフレッドも意見を出す。みんなちゃんと考えてくれてるんだなぁ、って思ったら、嬉しくなる。
「私からもよろしいですか?」
アイリーンが挙手をする。私が頷くと、眉そひそめ、少し言いづらそうに口を開く。
「あの……
「ん? 邪?」
「ええ。例えばランス様に近付くために仲間に入ろうとする、とかそういう感じの」
ああ~……その理論で行くと、ケインはアウトになるの…かなぁ?
「その辺は……ま、見極めていきましょうか。邪なだけの人は確かに要らないけど、人間同士だから色んな感情が芽生えるのは仕方ないし、それもまた芸の肥やしになるから。ね?」
私、とりあえずその場を丸く収めるような発言で纏めてしまった。でも……アイリーンはケインのこと、嫌なのかな? あとで聞いてみなくちゃ。
「それと、ひとつ確認したいことがあるのだが、いいかな?」
人差し指を立て、マクラーン公爵。
「あ、はい。なんでしょう?」
「曲というのは、すぐにできるものなのだろうか?」
へ?
「あ、えっと……?」
質問の真意がわからず首を傾げてしまう。
「ああ、いやね。あの日、君たちが私たち夫婦のために曲をプレゼントしてくれたろう? あんな風に、曲を作ってほしい、なんていう話も舞い込んできていてね」
ほえぇぇぇぇ! まさかの、作曲依頼!?
だけど……、
「すみません、公爵。曲を一曲作るって、とても大変な作業です。そう簡単ではないので、急には……」
「なるほど。やはり大変なのだね。それなのに、私に曲をプレゼントしてくれたのか。よほど私の後ろ盾を期待していたと見える」
あ……忖度、バレた。
「ははは、そんな顔しなくてもいい。怒っているわけではないのだよ。そこまで私を買っていてくれたのだとわかって、私も気の引き締まる思いだ。歌も素晴らしかったしね。これから、一緒にやっていけることを、妻共々喜ばしく思っている。よろしく頼むよ」
笑顔で言われ、私は心から安堵したのだ。
「私たちもです! どうぞよろしくお願いします!」
がっちりと握手を交わす。
「それで、早速なんだが、これから先の予定について、少し話をしてもいいだろうか?」
「もちろん!」
ほんの数日の間に、なんとマクラーン公爵は年間スケジュールのようなことまで考えていてくれたようだ。オーディションから、新人のデビュー、舞台の頻度をどうしていくかなど、結構細かい話まで詰めることが出来た。
「最終的にはね、王都に行きたいと考えているんだよ」
「ええっ?」
「王都に?」
「……すげぇ」
全員が、絶句する。
「夢は大きい方がいいだろう?」
そう言って、公爵は笑った。
ああ、まさに私、この世界でも『国民的アイドル』を目指せるんだ!
それはとても……とても嬉しい目標となったのだ。
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