第29話 アイドルだった私、告白現場に出くわす
程なく、マクラーン公爵夫妻が部屋にやってきた。まさかケインがいるとは思わなかったのだろう、夫人が「あら」と小さく呟いた。
「父上、母上、ちょうどよいところにおいでくださいました」
固まっている我々を余所に、ケインは爽やかな屈託のない笑顔で夫妻に向かって言い放つ。
「アイリーンと婚約を交わしたいのですが」
にっこりと笑う。
「ちょ、ちょっと待ってください! 急にそんなこと仰られましてもっ、」
口を挟むアイリーンを手で制し、ケインは真面目な顔で両親に訴えかける。
「父上、母上、僕は冗談を言っているわけではないのです。もう、これは運命としか言えない。今日のこの出会いは、僕にとってそれほどまでに大切な出来事。彼女との婚約を、認めてはいただけませんか?」
ああ、マジだ……。
この子、本気なんだ。
その場にいた全員が、そう、感じていた。
「それは……、」
マクラーン公爵が何を言おうとしたかは知らない。知らないが、私はその言葉を掻っ攫うと、今日の一番大事な核となる話を強引に持ち出す。
「公爵様! 大切なお話がありますっ。大変申し訳ありませんが、ケイン様の話の前に私の話を聞いていただきたいのです!」
右手をピン、と高く掲げ、懇願の眼差しを向けると、マクレーン公爵は小さく「ふむ」と言い、ソファに腰掛ける。夫人が隣に座ったところで、私はそれをGOサインと判断した。ケインの告白は、もう、無視!
「すみません、まずは今日の舞台を見ていかがだったかをお聞かせ願えますか?」
単刀直入に、聞く。
まずはそこ。私たちに価値があると思っていないなら、ここから先の話など出来やしないのだから。
「とても素敵だったわ!」
パン、と手を叩き先に声を上げたのは公爵夫人であるエルサだった。
「あのようなダンスも、歌も聞いたことがございませんもの! 驚きと感動と興奮のるつぼでした!」
エルサの言葉に、向こうでケインが深く頷いていた。
「確かに、このようなダンスは見たことがない。それに、私たちに歌をプレゼントしてくれたね。あれは素晴らしかった!」
マクラーン公爵もまた、興奮気味に話し出す。
「そう! 素敵だったわ! ジェイスとの昔の思い出が蘇って、なんだかウルウルしてしまいましたもの」
夫妻が、見つめ合った。ああ、この二人は本当に仲がいいんだなぁ。
「私たちに、価値があると思っていただけますか?」
私のこの質問に、マクラーン公爵がふと、変な顔をする。
「価値?」
「ええ。実は、お願いがあるのです」
私は、グッとお腹に力を籠め、今までのこと、これからのことを公爵に話した。人員を増やすためのオーディションの話や、貴族のお屋敷を回ってコンサートを行いたいこと。そしてそのためには資金の調達や段取りなどを請け負ってくれる場が必要であることなど。
「やりましょう、父上!」
最初にそう言ったのは、ケインである。
「僕はアイリーン嬢のためになることだったら何でもしたい! それに、彼らの舞台はきっとどこに出しても話題を集めることになるでしょう! 我がマクラーン公爵家の新たな事業として申し分がないと思います!」
うわ、思わぬところですごい後押し。
「それに、僕はシートルに入りたいと思っているのです、父上!」
「え?」
「ケイン?」
「えええっ?」
まさかの爆弾発言!
「僕はもっとアイリーン嬢のことが知りたい。そして僕という人間のことも知ってほしい。それには一緒に過ごすことが大切です! つまり、僕がシートルに入ればいいんだ!」
あああ、安直かつ直球だなぁ……。
「父上。今まで僕は何に対してもそこそこの出来。秀でているものはありません。何事にも興味が薄く、努力をしないのが僕の悪いところだとよく仰ってましたよね?」
「まぁ、そうだな」
マクラーン公爵が目をキョロキョロさせながら答える。
「今日、僕は生まれて初めて、雷に打たれたかのような衝撃を受けたのです! アイリーン嬢に対する気持ちも勿論ですが、僕はこの舞台に、心を掴まれてしまったんだ!」
聞いてて恥ずかしくなる程の力説。
「父上、僕は今、心が燃えているかのようなのですっ。このままシートルに入って、」
「入れませんよ?」
間髪入れず突っ込んだのは、なんと私ではなくアイリーン!
「……へ?」
ケインがキョトン、とした顔でアイリーンを見つめた。
「さっきのお姉様の話、聞いてましたかしら? 入れてほしいと言われて入れるものではありませんわ。舞台を見て感動してくださったのはとても嬉しいことですけれど、だからといって誰でも彼でもこの中に入れるわけではございません。そのために、選抜会を行いたいのです。階級など一切関係なく、私たちはともに高みを目指す『同志』を求めているのです。この意味、おわかりですか?」
スン、とした表情で冷静に言い放つ。アイリーン、言ってることは正しいんだけど、相手が……。さすがの私も青ざめる。
と、
「はーっはっは、これはこれは。アイリーン嬢は何とも素晴らしい!」
「本当に! とても真剣に取り組んでいらっしゃるのね」
何故か夫妻が大絶賛。
「なるほど、君たちの想いは確かに強く、だからこそあのような素晴らしい舞台を見せてくれるのだな。承知した。我がマクラーン公爵家はマーメイドテイルとシートルの後ろ盾になろうではないか!」
「えっ?」
「本当ですかっ?」
私とアイリーンが同時に声を出した。
「二言はないよ。ケインのようなことを言ってくる子息は多いだろう? こう言っては何だが、ダリル家もエイデル家も階級の高い家からゴリ押しされたらお家騒動にもなりかねん。そんなつまらないことで今日のような舞台が潰れてしまうのは勿体無いじゃないか」
「そうですわね。私も是非、また舞台を見せていただきたいわ。それに……、」
コホン、と咳払いをし、エリサ。
「本気で何かに取り組むケインの姿も見てみたいですしね」
意味深な微笑で息子を見遣るエリサ。
ううむ、これって私の計画、成功……なのだろうか?
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