第28話 アイドルだった私、新曲を歌う!

 曲が終わると、盛大な拍手の波が私たちを包む。歓声と拍手に酔いしれながら、私は息を整え、声を上げる。


「次にお送りする曲は、私達マーメイドテイルからマクラーン公爵夫妻への、心ばかりのプレゼントです。もうすぐお誕生日を迎えられる公爵夫人と、仲睦まじいマクラーン公爵お二人のことを歌にしました」

 夫妻が、顔を見合わせて驚いているのが見える。まさか歌のプレゼントがあるとは思ってなかったでしょうよ!

 うん、サプライズ成功ってことで!


「では、聞いてください。『愛のうた』」


 私の合図で、音楽隊が静かに音を奏でる。とびきり甘いラブソングは、ゆったりとした幸せな時間を会場中に振り撒く。


 私とアイリーンが歌い、バックでシートルの二人が踊る。静かな、滑らかなステップから始まる愛のうた……。


*゜*・。.。・*゜*・。.。


気が付けば君は僕の中にいて

知らぬ間に君は僕を支配してた

君のいない日々など考えられず

君の姿見つめては頬を緩める


失くしたくないから

いつもそばにいて欲しくて

触れていたいから

いつも手を伸ばすけど――


*゜*・。.。・*゜*・。.。


 曲調が、変わる。


 テンポアップすると共に、バックで踊るシートルの動きも激しくなっていく。

 思いを、爆発させるように!


 私とアイリーンもステップを踏みながら踊る。歌で、表情で、動きで。好きな人への愛しい気持ちを、体全部で表現する!


*゜*・。.。・*゜*・。.。


愛なんて簡単な言葉で済ますには

あまりにも浅はかで物足りないよ

愛なんて曖昧な形のないものに

この想い委ねるのはなにかが違う


なんと言えばいいのか

伝える術がわからないんだ

どうしてもわかってほしい

好きでたまらないんだ(好きなんだ!)


なんと言えばいいのか

伝える術がわからないんだ

これからの毎日もずっと

そばにいて微笑んで……(ここにいて!)


愛なんて簡単な言葉で済ますには

あまりにも浅はかで物足りないよ

愛なんて曖昧な形のないものに

この想い委ねるのはなにかが違う


それでも伝えたくて、届けたくて

この心、歌に乗せ君に送るよ

これは不器用な僕からの愛のうた

君を思って止まない僕からの愛のうた


*゜*・。.。・*゜*・。.。


 ああ、最高だ……。


 アッシュ、天才だわっ。


 会場の空気が変わった。バラードなわけじゃないのに、涙を拭いてる人もいるのがわかる。マクラーン公爵を目で追うと、夫人と手を取り合って、見つめ合っているのが見えた。気に入ってくださったならいいんだけど。


 この後、私はいよいよマーメイドテイルを売り込みに向かうのだから。


*****


 公演は大盛況だった。


 マーメイドテイル、シートル共にアンコールの拍手鳴りやまぬ中、何とか会場を出る。着替えを済ませ、マクラーン公爵が用意してくれた部屋で軽食を摘みながら、彼の到着を待った。


「新曲、すごかったな」

 アルフレッドが興奮気味に口火を切った。

「うん、会場中聞き入ってるのが分かった」

「本当ですわ! 私、歌いながら泣きそうでしたもの!」

 ランスとアイリーンが賛同した。

「あれってアッシュが作ったんだって?」

 アルフレッドの質問に、私は大きく頷いた。


「そうなのっ。最初に私が書いた歌詞とは比べ物にならないくらい素敵になってて驚いたわよ! アッシュには才能があるわねっ」

 力説する私を見て、何故かアイリーンが小さく溜息をつく。

「お姉様って……」

「え?」

「……いいえ、なんでもありませんわ」

 ふい、とそっぽを向く。アルフレッドとランスが、何故か『あ~』とハモった。え? なにそれ!?


 私が口を開きかけた時、


 コンコン


 ノックの音。


「あ、はい!」

 私、立ち上がるとドアへと向かう。マクラーン公爵が来たのだと思ったのだけど、ドアの向こうにいたのは公爵ではなく……、

「失礼します」

「あ、ケイン……様?」


 公爵家の末っ子、ケイン。

 幼さの残る顔立ちと、栗色の巻き毛が愛らしい少年である。


「あの、なにか?」

 私、おずおずと声を掛けるも、ケインは一点を見つめたまま動かない。うん、と小さく頷くと、意を決したように歩み寄ったのは、アイリーンの前。


「え?」

 アイリーンが首を傾げる。


 そんなアイリーンをじっと見つめ、ケインは、跪いた。


「アイリーン・エイデル嬢。難しい大人の決まりごとは後程纏めていたします。どうかこの場での、直接の申し込み、ご容赦ください」

「は? え?」

 何が始まるのかわからず、目をぱちくりさせる私たちを前に、ケインはハッキリした口調で言ってのけた。


「僕はあなたに恋をしました。どうかこの私、ケイン・マクラーンとの婚約を。不躾なことは百も承知ですが、お受けしてはくださいませんか?」


「ええっ?」

「はぁ?」

「ひゅ~」

「えええええ?」

 その場にいた全員がひっくり返りそうな告白をしてきたのである。


「あ、あのっ、え? 私……ですか?」

 アイリーンが戸惑いながら声を上げる。

「あなたは天使だ! 僕はもう、あなた以外の女性と結婚することなど考えられないし、このまま放っておいたらあなたを別の誰かに取られてしまうかもしれない。だから!」

 その目は真剣で、情熱的だ。それが伝わったのだろう。アイリーンの耳が赤く染まっていくのを、私は、見た!


「あの、急にそんなこと、」

「恋とは、急にやってくるもの! 僕も正直、驚いているのです。アイリーン嬢」


 スッとアイリーンの手を取り、唇を落とす。


 これは、大事件です!


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