第26話 アイドルだった私、口コミに頼る

「どうしてこんなことになったのよぉぉ」


 私は顔を歪ませ、涙を拭いながらアッシュの胸倉を掴んだ。胸ぐらを掴まれたアッシュは戸惑いを隠せず、オロオロするばかりだ。


「お姉様、落ち着いてくださいっ」

 止めに入るアイリーンもまた、目頭を押さえている。

「私がっ、考えてた歌詞は一体どこいったのぉぉ? もはや見る影もないじゃない」

「あ、それはその……すみません。やはり、ダメでしょうか?」

 眉を寄せ、不安そうな顔をするアッシュの胸倉を更に締め上げながら、私は声を限りに叫んだ。


「めちゃくちゃいいじゃないのぉぉぉ!」


 揺さぶると、アッシュがグエ、と変な声を上げる。

「お姉様、本当にアッシュが危険ですっ」

 さすがにアイリーンが止めに入る。私は慌てて彼から手を離し、謝る。

「ああ、ごめんなさいっ。私ったらつい、興奮してしまってっ」

 膝を突いて息を荒くするアッシュの背を撫でる。

「いや、まぁ、そこまで感動していただけたなら嬉しいんですけどね」

 息を整え、アッシュが立ち上がる。


「では、あとは伴奏ですね。数日あれば楽譜は出来上がると思うので、マクラーン伯爵家でのお披露目には問題なく」

「本当にありがとう! でも、昨日の今日でよくこれだけのものを出せたわよね。アッシュったら、実は天才なんじゃないのっ?」

「は? いや、とんでもないですよ。私はただっ、」

 そこまで言って、口を噤む。


「……ただ、なに?」

 そう言って顔を覗き込むも、アッシュはそっぽを向いて、それ以上は教えてくれないのだった。


「お姉様って……」

 アイリーンが呆れ顔で私を見ている。

 何故かは、わからないけど。


*****


 私はアイリーンと一緒にブティック『リベルターナ』へと足を運ぶ。昨日のシャルナとの話を説明することと、新しい衣装の進捗を確認するためだ。


「ええっ? 今なんて?」

 私から話を聞いたタリアが椅子から立ち上がる。

「だから、言った通りよ。下着に関してはこれからシャルナ・エイデル……私たちの母が全責任を持って進めていくことになったの」

「なななななんでシャルナ様がっ」

「私より向いているから」

 しれっとそう言う私に、タリアが頭を抱える。

「あああ、そんな、まさかシャルナ様が? 私、うまくやっていけるのかしらっ」

 この狼狽えようは一体……。


「えっと……もしかして、苦手…だった?」

 もしそうだとしたら、申し訳なかったな、なんて思っていたのだけど、何故かタリアはキッと私を睨みつける。へ?

「苦手だなんて、なんてことを! リーシャ様は記憶を無くされているから覚えていらっしゃらないのかもしれませんがね、シャルナ様といったらもぅ、芸術的センスに溢れ、その界隈かいわいでは第一線を行くと言われていたお方なのですよっ? ご結婚してからは退いてしまわれましたけど」

「その……界隈?」

「ええ、壁画作家です!」


 壁画作家……?

 聞いたことのない言葉に、思わず首を傾げる。絵画じゃなく、壁画。


「お姉様、お母様は若いころ、教会や学園、王族のお屋敷なんかで壁画作家として活躍していたのですよ。男性ばかりの職業ですが、お母様の才能は性別を超えて皆の支持を得ておりましたの」

「ほぇぇ、すごい人なんじゃない!」

「でしょう?」

 何故かタリアが自慢げに胸を張る。

「なんで辞めちゃったの? 勿体ない」

「あら、女性は皆そうですわ。そもそも良家の令嬢は仕事らしい仕事などせずに輿入れしてしまうものですが、なにかしら仕事をしていたとしても、結婚したら辞めるのが普通ですから」


 そう……なんだ。


 確かに、貴族の奥方たちは仕事をしていない気がする。女性で働いているのは称号のない庶民だけなのだ。


「それって、どうしてなの?」

 素朴な疑問。だって、女性だって才のある人はいるはずじゃない? 貴族だけが、仕事をするのは男性だけ、っておかしくない?

「どうして、って……。奥方は子を成して育てるのが最大の仕事ですもの! 貴族の家は、その家の歴史を受け継いで、繫栄させていくことが何より大切なのです」

 タリアが力説する。


 そういうものなのか……。なんだか老舗旅館の話みたい。ん? なんか違うか。


「あ、でも、だとしたらお義母様がこんな風に新事業に加わること、お父様に反対されるかしら?」

 少し心配になってそう呟いた私に、アイリーンが首を振る。

「あら、お父様はお金大好きだから問題ないんじゃありません?」

「あ~……、」

 そういや、そうでした。

「それに、お父様がお母様と結婚したのも、お母様が描いた壁画にお父様が惚れ込んだからだって聞いたことありますわ」

「へぇ、あのお父様が、壁画に感動ねぇ」

 なんだかそんなイメージが持てず、ついそんな言葉を漏らしてしまう。


「奥様……お姉様のお母様が亡くなって落ち込んでいた時に、寺院でお母様の壁画を見て泣いたのだそうです。それがきっかけだと」

「そう……なのかぁ」

 そうよね。あの二人にだってそんなイロコイがあってもおかしくないのよね。私が興味ないってだけで。


「あ、それはそうとリーシャ様。噂話の件ですが」

 タリアが口の端を上げ、言った。

「かなりの勢いで、広まっておりますよ」


 そう! マクラーン公爵家でのコンサート情報、店でばら撒いてもらってるんだった。うん、口コミってほんと、大切だわ!


 集客は問題なさそうで、私はホッとしたのだった。


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