第25話 アイドルだった私、義母を丸め込め!
「……あなたは何を言っているの?」
シャルナが、思いっきり眉間に皺を寄せて私を睨みつけている。まぁ、そりゃそうよね。彼女にとって私は前妻の子で、ぜんっぜん可愛くないんだし。でもね、
「お義母様の力を借りたい、と申し上げました。もっと言うなら、その才能を眠らせておくのは勿体ないので今後は存分に活躍していただきたいのです」
向かい合ってバチバチの視線を送り合う私とシャルナを見て、アイリーンが心配そうに私たちを交互に見ている。大丈夫よ、アイリーン。私、絶対に説得するから!
アイリーンを通じてシャルナと三者面談をすることになった私、昨日考えた説得のための台詞を一つずつ思い出す。
「アイリーンを巻き込んだだけではなく、今度はこの私を巻き込もうと?」
嫌味たっぷり、嫌悪感たっぷりの言い方でそう言われる。私は大きく頷いて、答えた。
「仰る通りです。私はアイリーンを巻き込んだ。本人の希望だったからっていうのもありますが、アイリーンはアイドルとしての素質がある。実際にあの舞台を見ていただいてお判りいただけたかと思いますか、彼女はとんでもない才能の持ち主です。その時と同じ。お義母様には、才能がある!」
私、声を大にして言う。
「デザイン画が素晴らしいのは勿論ですが、美に対する目の付け所が非凡なのです! いいですか? 貴族というのは常に新しいもの、美しいものに目を向ける生き物。そんな紳士淑女の心をがっちりと掴むだけの才能が、お義母様には、ある!!」
つい、拳を天高く上げ、力説してしまう。
「……なっ、」
さすがに褒められまくって、シャルナが頬を染める。
「お義母様、下着というのは淑女の鎧ですっ。殿方のためにではありません。自分自身が美しくあるために、女性がいつまでも女性であるために必要な、そして楽しみながら身に着けるべきもの。それを美しく、快適なものとして世に送り出し、流行の最先端を作り出すというこの大仕事が出来るのは、お義母様を置いて他にはいない!」
あまりに私が熱弁するものだから、シャルナは口をパクパクさせたまま何も言葉が出ないようだった。
「で、この盛りブラなんですがね」
私はシャルナの返事を待たず、話を先に進めていく。もう、逃がさないから!
「胸の膨らみというのは女性の象徴であり、美だと思うのです。ですが、大きさや形は人によって様々。それが劣等感に繋がってしまう人も中にはいるのではないでしょうか?」
「劣等感?」
「ええ。人より小さくて悩んでいたり、形が美しくないからドレスをうまく着こなせなかったり、色々です。コルセットで整えることは可能かもしれませんが、あれって苦しくありません? あんなにつらい思いをしなくても、もっと気軽でお洒落に、体の曲線を作れる下着を開発していただきたいのですっ。世の中の女性たちを救っていただく。それを私は、お義母様に託したいっ!」
大袈裟すぎるほどの熱弁。
普段のシャルナだったら見向きもせず、鼻であしらってきたに違いない。しかし、今回は違う。私にはわかる。彼女はこの件に、大きな興味を抱いているのだと。
「お母様、私からもお願いいたしますわっ。私、お母様の描く絵がとても大好きなんですの! お母様のデザインした下着がお店に並ぶところを想像したら、私、とてもワクワクしますわっ! それに、お母様にはお友達も沢山おいででしょう? みんなで意見を出し合ってわいわいやったら、楽しいのではないかしら?」
アイリーンの追撃!
これ、実は仕込みなんだ。貴族の奥方たちってきっと暇を持て余してる。噂話に花咲かせるのもいいけど、実際に『何かを作り出す』ような刺激があったらいいんじゃないかな、って思ったのよね。
ここまで言われて、さすがのシャルナもこれには逆らえまい。私とアイリーン、二人からの熱い視線に耐え切れなくなったシャルナは、ついに、折れる。
「まったく。なんてしつこいのでしょう。そんなにぎゃんぎゃん言われては、引き受けないわけにいかなくなるじゃない」
「……じゃあっ」
私もアイリーンも思い切り前のめりになる。
「……やってみましょう」
それを聞いた私とアイリーンは、歓声を上げながらハイタッチを交わした。
「あ、お義母様、もしお一人で大変なようでしたら、アイリーンの言うように、お義母様のお人柄で沢山の方を誘って、皆さんでワイワイ楽しんでみてください。私なんかと違ってお義母様にはご友人も、慕ってくださる方もいらっしゃるでしょうし」
はい、よいしょ~! よいしょ~!
ヨイショはタダだもの。芸能界ではよくある話。仕事を押し付けるときは、可愛くお願いヨイショ付き、ってね。
「……まぁ、確かに私は顔も広いしあなたなんかよりはずっと人望も厚いわね」
ドヤ顔で! 言っている!
「では、お店……リベルターナの方にはそのように伝えておきますね。タリアも私なんかよりお義母様の方がずっと信頼出来て安心すると思います」
思いっきり笑顔で、言っておく。あとでタリアになんて言われるかわからないけど、まぁ、いいわよね。
「アイリーンも、もし時間があったらお義母様を手伝って差し上げてね」
「わかりましたわ、お姉様!」
アイリーンが大きく頷いた。
これで盛りブラはシャルナの手に渡すことになる。結果どうなるかはわからないけど、大丈夫な気がするな。あれだけのデッサン画を仕上げる人なんだし。
私は一つ肩の荷が下りてホッとしていた。
この後は、昨日私が書いた詩を持ち帰ったアッシュとの打ち合わせだ。たった一晩でいいメロディーって浮かぶものなのか……私にはわからないけど、素敵な曲が出来上がってくれていたらいいな。
こんな風に、少しずつ仕事を手放していけると楽になる。そして楽になるだけではなく、周りを巻き込んでいくことで、マーメイドテイルは私だけのものではなく、アイリーンや、ダリル家の兄弟や、シャルナ、アッシュ、タリア、みんなのものになっていく。
関わってしまえば、もう応援しないわけにはいかなくなるものね。
この調子で、マクラーン伯爵も巻き込めたらいいんだけど……。
そのためにも、アッシュの作る新曲は素敵なものになっていてほしい。
……なんてことを考えていた私、まさかこの後、アッシュに泣かされるなるなんて思ってもいなかったんだよね。
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