第24話 アイドルだった私、仕事を投げる
「お姉様、見て!」
曲を作り始めて二日目。行き詰った私とアッシュの元に、嬉々とした顔で現れたのはアイリーン。手には何枚もの絵を持って来ている。頼んでいた、デザイン画だろう。
「アイリーン、出来たのっ?」
椅子から立ち上がりパッと駆け出す私。
アイリーンは満足げに顔をほころばせ、机の上にデザイン画を並べてゆく。
「うわ、すごっ!」
アイリーンはデザインのセンスが抜群にいい! どの衣装も可愛らしく、そして動きやすそうっ。
「素晴らしいですね、アイリーン様!」
一緒にいたアッシュも興奮気味に声を上げた。
「これと、これなんかいいわね」
数点あるデザインの中から選んでいく。アシンメトリーのドレス、いいわ~。
「私もそれ、お気に入りなのです!」
アイリーンが目を輝かせた。
「あ、それとお姉様」
アイリーンが私の服を摘まんでチラ、とアッシュを見遣った。
「ん?」
「あの、これ……、」
チラ、と手にしたデザイン画を私に見せてくる。
「盛りブラ!」
私、興奮してアイリーンから受け取ったデザイン画をテーブルに並べてしまう。
「わっ、ちょ、リーシャ様っ!」
アッシュが慌てて後ろを向いた。
「へ? ……ああっ、そっか、ごめん」
男性の前で広げるものではなかったみたいね。でも気になるからちょっとだけ。
「うわ、こっちも素敵ねぇ。これなんか、レースの感じとかいいなぁ」
感想を述べる私に、アイリーンが少し、顔を曇らせる。
「どうかした? アイリーン」
「あの……実は…これ、私一人で考えたのではないのです」
「そうなの? 誰かが手伝ってくれたの?」
「はい。申し上げにくいのですが……、」
何故かもじもじしたままのアイリーン。なんでそんなに言いづらいんだろう?
「なにか、問題が?」
「その……お母様が、」
「ええええええっ?」
お母様って……シャルナ!? 普段のドレスは趣味悪いのに、デザイン画は秀逸! こんなにセンスいいと思ってなかった!
「私に絵を教えてくれたのはお母様なんです。昔から手先も器用で、私のドレスを作ってくれたこともあるんですのよ? で、私がデザイン画を描いてたら……その、」
「手伝ってくれたのね」
「はい。先日の私の婚約話で、私がきつい言葉を発してしまったこと、お母様はとても気にしていたみたいで。ごめんなさいと謝られて。それで、まだ若いのだし、好きなことをすればいい、と言ってくれました」
そっかぁ、シャルナがねぇ……。
ん? 待てよ?
「それ、いいかもっ」
私は胸の前でパン、と手を叩きアイリーンに告げる。
「アイリーン、明日でいいから、義母様に時間を作ってもらえないか聞いてほしいの」
「え? お姉様が?」
「そう。これはもう、義母様に丸投げ決定だわっ」
「丸……投げ?」
おっと、つい口を突いて出てしまう。
「あ、ううん、こっちの話。じゃ、とりあえずこれは片付けましょうね」
赤い顔で後ろを向いているアッシュが気の毒になり、盛りブラのデザイン画だけを急いで集める。
「お姉様、新曲の方はどうですの?」
アイリーンがデザイン画の下に埋もれた楽譜を見ながら訊ねる。
「うん、なかなかねぇ……」
途中までは進んだものの、サビになる部分のメロディがうまく決まらない。
「愛の歌、なのですね?」
私が書いた歌詞を見ながら、言う。
「そうなの。印象に残るようなメロディにしたいんだけど」
チラ、とアッシュを見る。
「すみません、力不足で」
シュンとなるアッシュ。仕方ないわよね、音楽隊は演奏するのがメインで、作曲なんか普通はしないみたいだし。
「私も作曲なんてしたことないし」
こんなことなら前世で作詞作曲の講座でも受けておくんだった。
「そうですわね。メロディーってどうやって浮かぶものなんでしょう」
「アイリーンはデザイン考えるとき、どうやってるの?」
私の質問に、アイリーンが少し首を傾げ、言った。
「私は、着易さや動きやすさも考慮しますけれど、でも一番は『想い』ですわね」
「想い?」
「ええ、そうですわ。私たちマーメイドテイルが皆様にお届けしたい、元気や勇気、前を向く力とか、夢や希望などを衣装に託すのです!」
おおおお!
まさにアーチスト! クリエイターの鑑じゃないのっ、アイリーン!
「想い……」
アッシュがぼそりと呟く。
「アッシュはどなたかいませんの? この歌詞のような想いを伝えたい相手とか」
「えっ? わ、私ですかっ?」
突っ込まれ、慌てる。
「誰かを想う気持ちを音楽で表現する。それが作曲っていうことですわ」
えっへん、と言いそうな仕草で私とアッシュを見上げるアイリーン。本当に、この子の才能って底なしなんじゃないのかしら?
「気持ちを……音楽で…」
アッシュはアイリーンの言葉を噛みしめるように繰り返し、目を閉じた。
「……アッシュ?」
私が声を掛けると、ハッとした顔で
「あ、すみません。……あの、リーシャ様、この件、私に一任していただけませんか?」
「へ?」
「今日一日、私一人でやってみたいのです。歌詞も……少し手直しをするかもしれませんが、リーシャ様の求めているような曲に近付けるよう、努力いたしますので!」
急にそう言い出すアッシュに、私はただビックリしてしまって、目をぱちくりしていた。
「アッシュ、もしかして想いを寄せている方がいるのですか?」
くすくす笑いながらアイリーンが突っ込むと、アッシュは顔を真っ赤にしてメガネを触る。
「えっ? そうなのっ?」
「私がさっき『想いを音楽で表現する』と言ったから、それでピンと来たのでしょう?」
「それはっ、そのっ」
目を泳がせて誤魔化そうとするが、なるほどこれは……。
「そっかぁ。じゃ、この件はアッシュに任せちゃおうかな。よろしくね!」
さっと手を出す。私が差し出した手を、アッシュがおずおずと握り返す。
「私の感情全てを、ぶつけてみます」
そして握った手を口元に運び、私の指先にキスをした。
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