第22話 アイドルだった私、次の手を打つ
「あら、リーシャ様! いらっしゃいませ」
街のブティック『リベルターナ』に出向くのは久しぶりだった。いつもは屋敷に来てもらっていたから。でも、今日は服の話だけじゃなく、用があるのよね。
私の名を聞き、店にいた何人かが振り向いた。コソコソと何かを囁いている。私も大分、有名人だな。
「お店に来るのは久しぶりだわ。タリアは上ですか?」
対応してくれた店の看板娘リリアに訊ねる。
「はい、オーナーは上です。今日は打ち合わせですか?」
「そうなの、次回の公演が決まったんだけど、あの、マクラーン公爵家なのよね。それで、失礼のないようにとびきりの衣装で伺いたいな、って思っていて」
少し、声を張りながら話す。
「えっ? マクラーン公爵家で!?」
よし、いいぞリリア! 打ち合わせてもないのに、その驚きと大声!
「でしょうっ? とても光栄な話なのだけど、まさかあのマクラーン公爵家でマーメイドテイルとシートルのお披露目なんて、うまく行くのかちょっと心配で……、」
「シートルのお二人も出演なんですね!」
リリアの顔がパッと明るくなる。おっと、リリアったらもしかしてシートルのファンなのかな?
「大丈夫ですよ! だってこの前の公演、大盛況だったのでしょう?」
「そうね、今度も頑張るわ。ありがとう!」
なるべく、なるべく声を張って。
チラ、と店内を見ると、いい感じでみんな聞き耳を立ててくれていた模様。あとはみんな、どんどん広めて頂戴ね!
私はフロアを後に、二回のアトリエへ向かう。タリア・ビジュはこのブティックのオーナーでもあり、デザイナーでもある。私がプロデュースする『ノア』のドレスも、彼女と共同で作っているのだ。私よりだいぶ年上の彼女は、母というより、姉に近い感覚なのだけど。
「あら、リーシャ」
扉の向こうではメジャーを首に巻いたタリアが笑顔で迎えてくれた。
「今日は、何かあったかしら?」
「あ、ううん、いきなり来たの。実はちょっとお願いがあって……」
「お願い?」
私は、首を傾げるタリアを引っ張って椅子に座らせると、事のあらましを話して聞かせる。ここにはあちこちから貴族の奥方やご息女が足を運ぶ、いわば『噂の泉の原点』ともいえる場所。女性たちはここで情報を仕入れ、ばら撒くのだ。
大体、貴族の奥方って社交界でお喋りする以外、やることないんじゃない? だからゴシップ大好きなんじゃないのかなぁ、って最近思う。
「では、マクラーン公爵様に取り入ろうと?」
「ちょ、タリア、言い方!」
私は笑いながら突っ込む。確かに、間違ってはいないんだけどね。
「やだ、ごめんなさい。でも、そういうことなのね。公爵様に、マーメイドテイルを売り込みたい、と」
「そうなの! で、私マクラーン公爵様のこと何も知らなくて。何か情報持ってないかな?」
「そうねぇ……」
タリアは顎に指を当て少し考えると、ポンと手を叩く。
「そういえば、来月公爵夫人がお誕生日だって聞いたわよ。マクラーン公爵家はうちみたいな小さな店は利用してなくて、もっと大きな、王室御用達のブティックを利用してるんだけど、出入りしてる業者が同じでね。その業者が毎年この時期は夫人のドレスを何着も作るから忙しいんだ、って」
「へぇ、誕生日か」
私、頭の中で電球がピコーンってするのを感じる。うん、これはいけるかもしれない!
「ありがと! じゃ、例の件、よろしくね」
「わかったわ、なるべく広まるように頑張ってみるわね。……それと、こっちからもお願いなんだけど」
タリアが急に真面目な顔になり、私を見つめる。
「え? なに?」
「下着の開発なんだけど、想像以上に売れ行きがいいの」
私が作りたかったのは、いわゆるスポーツブラ! 窮屈なコルセットなんか動きづらくて仕方ないもの。……ん? でも売れ行きがいいってわりに、そのテンション……?
「何か問題が?」
「実はね……付け心地はいいの。だけど、小さい人はね、その、なくなっちゃうみたいなのよね、膨らみが」
「……ああ~」
そうか。
確かにスポーツブラって、キュッとなる。だから胸が小さい人がつけると、さらし巻いたみたいにペタンコになってしまう……かもしれない、うん。
「だからね、なにかこう……対策とか」
「あ!」
私、タリアの言葉を遮って思いついてしまう。あれを作ればいいんだ!
「いい案があるわ!」
「ええっ? 本当にっ? こんな一瞬で案があるって、リーシャ、あなた本当に何者なのよっ?」
タリアが目を丸くする。
まぁ、何者かって言われてもね。大して何も知らないただの元アイドルなんだけどさ。
「でも、困ったな。時間が足りない……」
考えてみたら、舞台のこともやらなきゃいけないし、思い付いたアレもなんとかしなきゃだし、下着の案を形にするの、ちょっと時間なさすぎないかぁ?
「忙しいものね。でも、こっちもなるべく早くその『案』を聞いて形にしたいわ! そうしたら胸の形や大きさで両方のお客に進めることができるようになるし」
おねだりするみたいに首を傾げるタリア。年齢的にはそこそこなお姉様なのに、こういう仕草が似合うんだよなぁ。
「はいはい、わかりました。何か作戦を考えますぅ」
ちょっと忙しくなるけど、何とか頑張ろう。優先順位決めて、一つずつやっつける。どんなに忙しくてもそうやって確実にこなしていけば、ちゃんと前に進むのだ。今までだってそうやってきた。
私、俄然燃えているのだ!
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