2章 恋愛編

第21話 アイドルだった私、次の一手を考える

「え? 増員?」

 私は自主練で流した汗を拭きながら訊ねた。


「なんか、この前の舞台観た令息の何人かが俺も出たいって言い始めたらしくてさ」

 息を整え話すのはアルフレッド。言わずと知れた、ダリル家次男である。


 私が巻き込んで、ダリル家兄弟は『シートル』という名前でユニットを組んでもらって踊らせたのだが、これが貴族たちの中で大人気となっている。いつの間にか御令嬢たちの中でファンクラブのようなものまで出来ているようだ。


「で、なんで増員なわけ?」

「いや、二人だけだとフォーメーションも限られるし、幅が出ないっていうか……もう少しいた方がさ、派手さとか迫力が出るんじゃないかなぁ、とか」


 なんてこと!!

 ついこの前までただの金持ち坊ちゃんいけ好かない男だったアルフレッドが、すごいこと口にしちゃってるんですけどっ!


「ランスはなんて?」

「概ね同意見。ただ、兄貴は『俺の見せ場が減るのは嫌だ』って」

「ぷっ」

 らしい、といえば、らしいのかな? 目立ちたがりだからね、彼は。

「というか、実際、仲間に入りたいって声掛けられてるんだよ、何人かに」

「あら、そうなの?」

「しかもそれが公爵やらの息子だったりするわけ」

「ああ……」

 察し。


 要は、階級を逆手に話をねじ込まれて困ってる、っていう話なわけね。そうよね、この世界、階級とかあり気で成り立ってるんだもんねぇ……。


 でも。


「公爵だかなんだか知らないけど、たとえ王族が来たって私が認めない限りシートルに入れることはないわ。どうしてもって言うなら……そうね、オーディションでもやりますかねぇ?」

 私は腕を組んで深く頷いて見せる。

「オーディション……って?」

「ああ、選考会みたいなものよ。実際に踊ってもらって良し悪しを決めるの」

「そんなこと出来るのか? 相手はっ」

「そこよね」


 芸の道に階級は関係ない! なんて息巻いたとしても、これ切っ掛けにお家騒動、なんてことになったら困るもんね。う~ん。


「ねぇ、アルフレッド。この辺りで一番の権力者って、誰になる?」

「は? そんなの知ってどうするんだよ?」

「権力には、権力を。それしかないかなって思って」

 私は、頭の中であることを考えていた。実現できるかはやってみないとわからないけど、とりあえずぶつかってみるしかない!


*****


「なんだと?」

 父、マドラは怖い顔をして私を睨みつけた。


「だから、マーメイドテイルのコンサートをマクラーン公爵家で行います、って言ってるんですが?」

 何回聞き返す気なのよ?

 マドラ、あんぐりと口を開け、固まっているのだ。


 まぁ、それもそのはず。マクラーン公爵家はここら一体を牛耳ってる(?)資産家で権力者でとにかく凄い人みたいだし?

 で、なんでそんな凄いお方のお屋敷でコンサート出来ることになったかって言うと、それは社交界のご婦人方が繰り出す、超スピードによる噂話のおかげなのです。


 前回のエイデル家での噂、すんごい勢いで広まってて、貴族の奥様達界隈で、見た人、見てない人でマウント合戦始まってるみたいなのね。で、位の高い方々に関して言えば、逆に家のエイデル家と接点がないわけ。公爵とか……まぁ、一部お付き合いはあるけど、マクラーン家なんていわば雲の上のお方らしいし。


 私はそこに目を付けた。

 奥様方の「噂」にちょっとだけ話を吹き込んだのよね。


『またやりたいとは思ってるんだけど、会場がなぁ。どこかいいとこないかなぁ』


 みたいな。


 どうやって吹き込んだか? それは……、


「ブティック経由で噂を聞いた公爵家の関係者が、マクラーン公爵にマーメイドテイルの話をしたらしくて、先方からオファーが来たんですよ。、です」

 私、そこんとこ強調するのを忘れない。


「……なんだってまた、マクラーン公爵家から」

 権力とかお金に弱いマドラ、NOとは言えまい!

「仕方ない。くれぐれも失礼のないよう、行ってきなさい」


 で・す・よ・ね!


「はい! 行ってまいります!」

 元気よく返事をすると、早速このことをみんなに報告に行くのだった。


*****


「すごいですわ! マクレーン公爵家で踊れるだなんて!」

 アイリーンが目をキラキラさせ、喜ぶ。ダリル家の二人も驚いた顔で『マジか…』と呟いていた。


「そんなわけで、まずはマクレーン公爵に私たちのことを知ってもらうことから始めましょ。それから、交渉開始よ!」

「交渉? 何をだよ?」

 首を傾げるランスに、私は言った。

「スポンサーになってもらうの!」

「すぽ…なんちゃらって?」

 アルフレッドの質問は、尤もである。


「私たちを買ってもらうっていうか、応援してもらうっていうか、まぁ、お金出して面倒見てもらうって話」

「はぁ?」

 ランスが声を荒げる。

「俺ら、マクラーン公爵のものになるってことっ?」

「あ~、ちょっと違う。どういえばいいのかな。制作活動の予算調達や管理するのがプロデューサーなの。でも、そのためには私たちにそれだけの価値があるって認めてもらわなきゃいけない。だからね、」


 私は皆を集め、円陣を組む。


「まずは今度の公演を成功させる。それから、集客もしましょ。みんなには、積極的に宣伝して回ってほしいの。今度はマクラーン公爵家で踊るんだ、ってことを、なるべく沢山の人に知ってもらうこと。あと、入りたいって言ってきた子息にも伝えて。きっと、見に来るはず」


 舞台を成功させること。

 私たちに価値があると知ってもらい、独占したいと思わせることが出来ればこっちのもんだわ。とはいえ、あまりにもかけ離れた考え方をする相手だったら、その時はこっちからお断りしなきゃだけど。


 まさかこんな交渉まですることになるとは思わなかったけど……。


「楽しみですわ!」

 挑むような目つきでアイリーンが一点を見つめる。うん、そうそう、逆境を楽しむその姿勢は本当に大事!

「よし、いっちょやるか!」

 ランスもアルフレッドもその気だ。


 私は右手を差し出した。皆が同じように手を重ね合わせる。


「マーメイドテイル~!」

『ゲット、ウォーター!』


 大きく掛け声を上げ、手を天高くかざす。


 私たちは水を得た魚。

 舞台は、いつだって私たちの心を潤してくれるのだ!

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