第20話(新)アイドルだった私、目標を掲げる

 大盛況だったマーメイドテイルのデビューコンサート翌日。私は父マドラと母シャルナに呼び出された。

 褒められるものとばかり思っていたのだけど、実際はそうではなく……、


「まったく! アイリーンは嫁入り前の大切な貴族の娘なのですよ? それをっ、あんな格好で踊らせるだなんて……。もしアイリーンの未来に傷がつくようなことにでもなったら、あなたはどう責任をとるつもりなの、リーシャ!」


 目を吊り上げて怒っているのは、勿論アイリーンの母、シャルナである。昨日は楽しそうにダンスしてたくせにさっ。


「責任……ですか」

 私、明後日の方を見て繰り返す。言わせていただけるなら反論したい! だって、やりたいって言い出したのアイリーン本人だし、ノリノリで踊ってたし、なんなら『次は歌も歌いたい!』って息巻いてるの、あなたの娘さんでしょうが? そんな娘を周りに自慢しまくってるのも見ましたけど?


「私はね、あなたが皆の前で足を曝け出しながら踊るのは一向に構いません! でも、アイリーンまで巻き込むのは困ります! アイリーンはあなたと違って、ゆくゆくは位の高い公爵家との縁談を薦めようと思っているのですからねっ」


 ……私、知ってる。

 昨日のパーティーの後、聞いちゃったんだ。


 ダリル家の次男、アルフレッドとの婚約を綺麗さっぱり解消してフリーになったアイリーン。昨日のコンサートを見た貴族たちから引っ張りだこなのよ。何人かは直接マドラに声掛けてきてた。その中にまさかの公爵家があった、っていうことか。


 でも、あの子、あんたたちの言うこと、聞くかなぁ……?

 私、ここ最近アイリーンと一緒にいて、わかってしまった。あの子は本当に芸能界に向いてるの。負けん気の強さも、芯の通った頑固さも、自己愛も。大人しく嫁に行くようなタマじゃない。


 そんなことを考えていると、


 バン!


 と勢いよくドアが開け放たれ、鬼の形相と言ってもいい顔をしたアイリーンが大股で乗り込んできた。

「お父様、お母様、ここで私に隠れて一体何の話をしているのかしらっ?」


 うわぁ……やる気満々だ。


「アイリーン! 今は講義の時間ではっ?」

 母であるシャルナが慌てた様子で窘める。

「あんな講義、とっとと終わらせましたわっ。私、お姉様とダンスのレッスンがありますものっ。さ、お姉様、行きましょう?」

 アイリーンがそう言って私の腕に絡みついた。そんな姿を見て、今度はシャルナの目が吊り上がる。

「おやめなさい! リーシャに近付くとろくなことになりません! あなたは我がエイデル家の希望なのですよ?」


 地位と名誉のための生贄という意味では、確かに希望なんでしょうねぇ。アイリーン、若いし。


「お母様は何か勘違いなさっているわ。私は自らの意志で、お姉様に頭を下げてこの活動をしているの。やらされているわけでもないし、やめる気もない。縁談話が舞い込んできているのは私も知ってます。でも、私は絶対に結婚なんかしませんから!」

「アイリーン!」

 マドラが厳しい声で𠮟りつける。が、

「お父様もよく覚えておいてくださいませ。もし勝手に縁談話など纏めてこようものなら、私は家を出ます!」

「なっ、」

 マドラが言葉を無くす。


「こんな家、捨てますわっ。捨てられるのがお嫌でしたら、私の邪魔はしないでくださいませ。あ、もちろんお姉様の邪魔もね!」

 ハッキリとそう言い放ち、私を引っ張って部屋を出てしまう。


「ちょ、アイリーン、いくらなんでもあれはっ、」

 言いすぎなのでは? と言おうとした私、息を呑む。アイリーンは泣いていた。声も上げずに、ズンズンと進みながら涙を流していたのだ。


 私は黙ってアイリーンに手を引かれるまま歩いた。中庭まで来ると、アイリーンの歩みが遅くなり、やがて、止まる。


「冗談じゃないのです」

 背中を向け、震える声でそう言うアイリーンを、私は思わず後ろから抱き締める。

「お姉様、私は道具ではないのです。恋だってしたいし、もっと沢山、舞台で踊ったり歌ったりもしたい。私、まだ十四歳なのです。結婚なんてっ」

「うん、そうだよね。あんなのないよね。アイリーンは、アイリーンだよ。道具なんかじゃない。一緒に歌おう。歌って、踊って……そうね、人気者になって、結婚相手はアイリーン自らが選べばいいのよ!」


 私の言葉を聞き、アイリーンが振り返る。


「そんなこと、出来るのかしら」

 シュンとするアイリーンに、私は言った。

「いざとなったら二人でこの家を出て、旅芸人にでもなればいいじゃない!」

 自棄気味ではあるけれど、そんな人生も悪くないかもしれない、って思ってる私もいる。


 生涯、アイドル。

 なんだかいい響きじゃない!?


「あは、お姉様、最高だわ!」

 さっきまでめそめそしていたアイリーンの顔が、パッと笑顔になる。コロコロと変わるその表情と表現力は、間違いなく彼女の魅力の一つなのだ。


「あれだけ強く言い放ったのだから、あの二人もしばらくは黙るんじゃないかな? それにね……、」

「なんですの?」

「もう、次のコンサート依頼、どんどん届いてるんだもの! アイリーンなしでは立ち行かないのよ?」


 私、決めた!


 この世界で、マーメイドテイルを国民的アイドルに育て上げてみせるわ! 誰もが知っていて、みんなを笑顔にすることが出来る、そんなアイドルグループに!


 ただ……

 どうすればいいのかは、まだわからないんだけどね。



第一部、完


第二部へと、続く……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る