第2話 澪子の妹
次の学校へ行くと仰天すべきことが起こった。
澪子が突然話しかけてくる。
「昨日何かあったでしょ?」
「いや、何もなかったけど……」
「ほんとかなー?」
ほんとです。
別に対して変なメールが送られてきたわけではないし。それ以上話を広げるのはあれなので自分の席に戻る。
そう思っていたが、なにやらIDの通知が光っていた。どうやら同じクラスの日下部誠だった。彼女は中国語が話せないので、普通に日本語である。
「今日はどうやってきたの?」
「それはもう自転車だけど」
「いつも電車じゃなかった?」
「そうかもしれないし、そうかもしれない」
「なにそれ笑」
以上日下部からのメッセージでした、さようなら。となるわけもなく……。
「最近遠藤さんにちょっかい出してるでしょ」
相変わらずしつこいやつだが、丁寧に返信を返す。
「ちょっかいとは失敬な。ただ向こうのIDがバグってるだけだよ」
「そうだといいんだけど。中国語に関しては遠藤さんの方が圧倒的に上手なんだからそこら辺は諦めなよ」
「わかった」
ここらで、一旦会話は途切れたけれど俺にはまだすることがあった。それは先生に対して、質問のメールである。
特にこれといった内容ではないのだが、一応しておかなくてならない。
「李朝のベトナムの国名(国号)は、中国史料でなんと表記されていましたか?」
簡単な質問のようだが、聞いておく必要がある。なぜなら澪子に問われていた内容だからだ。
しばらく返信は返ってこないとは思うが、一応送っておく。
そう思っていたら、思いのほかすぐに返ってきた。
「そんなことはどうでもいいから、澪子ちゃんと話してあげなさい」
おいおい、先生までもか。
とはいえ、それも一理あるような気もする。
なぜなら俺はハッカーでID内部の情報にアクセスできるからだ。
これは先生には内緒だから、一応返信として「わかりました」と返しておく。
とりあえず今ログインしているのは、日下部と俺と澪子だけ。
澪子は何もいってこないので、多分放置だろう。
とはいえ、何も言わないとつまらないので大抵誰かが発言する。そこに乗っかっていくかは自由だが、と考えていたところで隣のクラスの遠藤幸子が「こんにちは」と言った。
苗字は遠藤であるが、澪子とはなんの関係もない。
俺の苗字は御厨なのだが、大体下の名前で啓介と呼ばれている。
女子生徒にはまず苗字で呼ばれる。
それは問題ではないのだが、なぜか幼馴染の澪子まで苗字で呼ぶのでそれが不思議である。
澪子はチャットルームにぽつねんとしている。
誰も話しかけないので、『早上好』と打ってみる。意味はおはようだ。
「誰?」
なぜか日本語で返してきたが、そんなことは意に介しなかった。
けれど続けて送ってくるので仕方なく返す。
「なんでしょうか」
全く会話になっていないが、意味はわかる。
ここは落ち着いて返事をしておこう。
「御厨です」
『离开』
わかりました。仕方なく返事をします。
「まだ消えたくないです」
もうここまでくると、澪子さんの言いなりだが、仕方がない俺も全力で辞書をめくり、次なる中国語を探す。
中国語でないと澪子の機嫌は治らないのだ。
『如果你打算明天來,請把昨天的漢日詞典還回去』
意味は
「明日来る予定なら、昨日の中日辞典を返してください」。
なぜ自分がこれほどまでに長い文章を打てたの分からないが、きっと澪子には伝わるだろう。なぜなら彼女の中国語読解のテストは常に満点だからだ。
「あんた珍しいわね、きちんとした中国語で打っていた。感心したわ」
そうはいっても、俺も曲がりなりにも中国語を勉強している、ある程度はできるものだ。
舐めないでもらいたい。といいたいところだがそんなことを実際に書くわけにいかないので
『謝謝』
と打っておく。
意味はありがとうだ。なんだか澪子さんに褒められる気も悪くないのでもう一度打っておく。
『謝謝』
すると
「わかっとるわ」
と返ってきた。確かに二回も打つのは悪手だったかもしれない。なのでもう一回打っておく。
『謝謝』
「うるさい」
これは予想できた返答だ。しかし澪子さんはAIではない。こんなことを続けているといずれは関係を切られてしまう。なので
「ごめんなさい」
とだけ言っておいてあとは放っておくことにした。
その日の夕方、IDの通知を見てみるとなんと、
「いいから足の昼休み学校に来て」
とだけ入っていた。中国語でないのが意味深で少しどきりとしたがそうするほかあるまい。
次の日、図書館へ向かうと何と澪子に瓜二つの女子が隣に立っていた。
「どなたですか?」
俺が普通の日本語で話しかけると、普通に日本語で会話が成立した。
「妹の聡子です。いつもお世話になってます」
いつも……?俺は目の前の女の子に全く面識がなくどう対応していいか戸惑った。けれど、何も言わずにじっとしているのは気まずいので少し話そうと試みる。だが、言葉は出てこない。
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