親愛なるロイヤルバカップル ~死が二人を別つとも

uribou

第1話

 崖下を見ると高さで足が竦む。

 しかしこれは私ことポーニャ・シュターミッツがなさねばならぬことなのだ。

 この身を投げ打ち、王国を救わねば!


「ポーニャあああ、早まるなあああああ!」


 叫ぶのは衛士に捕まっている私の婚約者レオナルド第一王子殿下だ。

 曇天模様の空の下、吹きすさぶ冷たい風が緊張感を高める。


「早まっているわけではありません」

「では何故!」

「よくよく考えてのことです」


 飢饉とまでは言えないが、近年不作が続いている。

 魔道AIが出した結論では、ちょうど一〇〇年前に王国を創始した始祖王様にかけられた呪いだという。

 そしてこのまま状況を放置すると、王国は衰退し滅ぶと。


 英雄色を好むというか不埒な浮気者というか女にだらしないクズというか、始祖王様はお盛んな人だったらしい。

 ともに魔王を倒した聖女様を妻にしながらあちこちにいい人を作り、後継者争いは内乱にまで至った。


 聖女様はほとほと愛想が尽きたらしい。

 『一〇〇年までは面倒みるけど、その後のことは知らん』と言ったと史書に残されている。

 つまり聖女様の加護が切れるということだ。

 そう考えると呪いとはちょっと違う気がする。


 ただ『愛し合う二人を死が別つ、尊き血の悲恋』があれば、これまで通りの王国の発展が見込めるらしいのだ。

 聖女様俗っぽいというべきか、それともそんなことまでわかる魔道AIすごいというべきか。


 とにかく尊き血、つまり愛し合う少なくとも高位貴族以上の血が流れねば王国は救われないことは確実らしい。

 どこまでが尊き血判定されるか知らないけど、公爵家の娘で始祖王様や聖女様の血も継いでいる私なら文句あるまい。


「ポーニャが死ぬならオレも死ぬ!」

「なりません! レオナルド様は王国の未来を紡がねば!」

「ポーニャああああああ!」


 レオナルド様と私は愛し合っている。

 王太子当確の第一王子と公爵令嬢の婚約なんて紛れもない政略なのだが。

 子供の頃から仲が良くて、私の五歳の頃の夢は『でんかのおよめさん』だった。

 ちなみに一〇歳の頃の夢は『殿下のお嫁さん』だ。


 晴れて婚約者となれた後もいつも一緒にいる。

 国民から『ロイヤルバカップル』と呼ばれていることも知っている。

 いい褒め言葉だ。


 『愛し合う二人を死が別つ、尊き血の悲恋』の条件を満たすには、私がこの崖から身を投げるのが一番だ。

 レオナルド様が死んでもいいだろうって?

 そんなことはない。

 私は王国とレオナルド様のためになら死ねる。

 でもレオナルド様のいない世界に残されるなんて耐えられないのだ。


「レオナルド様、そろそろお別れです」

「ポーニャ! 待てっ!」


 衛士が三人がかりでレオナルド様を押さえている。

 大丈夫だろう。

 いずれレオナルド様が統治するこの王国のために、私は命を懸けるのだ。


「愛しておりました」

「ポーニャああああ!」


 崖から身を投げる。

 ああ、という悲鳴が聞こえたがいいのだ。

 私はレオナルド様の幸せと王国の発展する未来を願っている。


「あら、これは……?」


 身体に何かが絡み付いて減速する。

 網? どうして?

 前もって張ってあったの? 

 いろいろ混乱する中、頭に物理的な衝撃を感じて意識を手放した。


          ◇


「はっ!」

「ポーニャ、気が付いたか」

「私、生きてる……」


 ここは天国じゃない。

 だってレオナルド様がいるもの。

 何故か目の前のレオナルド様は頭に包帯を巻いているけれども。


「レオナルド様、おケガをされたのですか? あ、痛っ!」


 頭がズキっと痛む。

 そうだ、私は崖から身を投げて、何故か網が張ってあったので助かってしまったのだ。

 こうしてはいられない。

 私が死ななければ、『愛し合う二人を死が別つ、尊き血の悲恋』の条件が整わないではないか!


「ポーニャが身投げをしてから、五時間ほど経っている。今は休み、身体を癒すことが必要だ」

「し、しかし……」

「聖女様の呪いは解けたそうだ」

「は?」


 呪いが解けた?

 私死んでないのに?


「ポーニャのおかげだ」

「ええと、その……」


 私は死に損なっただけなのだけれども。


「どういうことなのでしょう?」

「すまぬ。予にも詳しいことはわからぬのだ。宮廷魔道士からの報告によると、ポーニャの自己犠牲的な行動により第一段階のロックが外れた、という魔道AIの判断らしい」


 そうだ、レオナルド様もケガをしていらっしゃるのに、あれこれ聞いてはならない。

 それにしても第一段階のロックが外れた、というのは意味がサッパリなのだけれども。

 第二段階があるのか?

 やはり私は死ぬべき?


「第二段階に向かうためには、予とポーニャがともに生きている必要があるそうだ」

「はあ……」

「わけのわからん話ではあるが、魔道AIの言うことだからな」


 魔道AI。

 それは魔力を各地の供与基石からクラウドで集めて演算性能を飛躍的に高めた、予言に近い予想を弾き出す魔道具だそうだ。

 説明文だけですら何が何だかわからないのだが、魔道AIの予想は正しいというのは現代社会の常識ではある。


「体調が戻り次第、魔道士にもう少し詳しい説明をさせることになっている。まずお互いケガを治すことが重要ということだな」

「はい、ではゆっくり静養いたしましょう」


 命が助かって、こうしてレオナルド様とのんびりできる時間も取れた。

 私は幸せだ。


          ◇


「最新の魔道AIの分析によりますと……」


 一〇日後、包帯も取れすっかり体調も戻ったレオナルド様と私は、宮廷魔道士長のレクチャーを受けた。


「『愛し合う二人を死が別つ、尊き血の悲恋』とは、実際に命を落とせということではなく、それだけの覚悟を見せろということだったのです」

「「なるほど」」


 呪いとはいえ、聖女様ともあろうものが死を要求するなんて変だ、と思わなかったわけではなかった。

 覚悟ということだったか。


「それで魔道AIの計算から、ポーニャ様が崖から飛び降りる未来が予想されましたので、あらかじめ網を張って安全を確保させていただきました」

「ビックリです」


 魔道AIはすごい。

 そこまで予想できるとは。

 おかげで助かったけれども。


「ポーニャ様のお覚悟のおかげで、王国の危機は一歩遠ざかりました。ありがとうございます」

「いえ、王国のためです。当然でございます」

「御立派です。計算外なのはレオナルド殿下までが崖から飛んでしまったことでして」

「えっ?」

「網の上でお二人がぶつかってしまい、ケガを負われたことでした」


 まあ、あの衝撃はレオナルド様がぶつかってきたからでしたか。

 レオナルド様も仰ってくださればよかったのに。

 さすがに恥ずかしかったのだろうか?


 でも私の後を追ってくださるなんて、嬉しいやら苦笑してしまうやら。

 国のことをも考えてくださいね。


 仏頂面のレオナルド様が言う。


「何故予に前もって教えてくれなかったのだ。ポーニャにいらぬケガをさせてしまったではないか」

「死の覚悟が必要なのです。なあなあではいけません。殿下は腹芸が得意ではないでしょう?」

「む? うむ」

「王国の未来がかかっておったのですぞ。ポーニャ様にバレた時点で計画はパーです」

「それで予には話さなかったのか」

「宮廷魔道士以外で知っていたのは国王夫妻とポーニャ様の父君シュターミッツ公だけです。小さいことで文句を仰られますな」


 宮廷魔道士長が言っていることが正解なのだろう。

 国の未来のためだったのだ。


「レオナルド様から少しだけ伺ったのですが、第一段階のロックが外れたとはどういうことなのでしょう?」

「はい。ポーニャ様が覚悟を見せたことにより、新たな扉が開かれたということです」

「新たな扉……」


 わかりませんね。


「新たな予言が紐解かれた、と言い換えてもよろしい」

「要するに魔道AIにより、今までなかった予想が出されたということだな?」

「さようです。しかし聖女様による加護が一〇〇年で失われることは変えられません」

「「えっ?」」


 じゃあダメではないか。

 いや、加護が一〇〇年持つというのもとんでもないことだけれども。

 おそらくそれ以上引き伸ばすのはムリという意味なのだろう。


「ではどうするのだ?」

「第一段階のロックが外れたことにより、新たなる聖女が生まれるというルートが発生しました」

「何と!」


 新たなる聖女が生まれる?

 その新聖女により今後の王国の繁栄が約束されるということか。

 大変なことになってきた。


「新たなる聖女の条件は、聖女様の血を受け継いでいること。魔道AIによれば、一年以内に生まれるレオナルド殿下とポーニャ様の子が聖女になるそうです」

「「えっ?」」


 レオナルド様と私の娘?

 一年以内?

 子供ができるということは、ええとそのそうした行為を……。


「早く王女を作ってください」

「そそそそそんな……」

「うむ、わかったぞ! 今日から頑張ろう! ポーニャ、まず結婚だ!」


 その日の内に略式で結婚し国民に発表、毎晩子作りに励むことになったのだった。

 一〇ヶ月後に生まれたのは予定通り女の子で、聖女として我が国に繁栄をもたらしましたとさ。

 魔道AIがすごいのか私達の愛の結晶がすごいのか。


 私達は相変わらずラブラブで、今なお国民には『親愛なるロイヤルバカップル』と呼ばれている。

 国を救ったということで『親愛なる』という接頭語が付いた。

 バカップルは自覚している。

 うふふん。

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