第18話 主役は誰のもの?(4)
「さてと」
令嬢と令息を飲み込んだ劇場のドアが閉まると、ケントは隣に立つ背の低いメイドに顔を向けた。
「お芝居が終わるまで二時間ほど。我々はラウンジで休憩していましょうか?」
この劇場には舞台ホールの側に飲食店を兼ねた休憩所が併設されている。待つのには丁度いい場所だが、
「なんで我々なんですか?」
さも二人で行動することが当たり前のように言われて、アミのこめかみに血管が浮く。しかしライクス家執事はオルダーソン家メイドの不機嫌オーラに気づかぬふりで、
「目的が同じなのですから、一緒にいた方が何かと便利でしょう」
しれっとした態度が更にアミのイライラを増幅させる。彼女は元々ライクス家の人間に警戒心を抱いているが、それに輪をかけて『貴人の従者』という同じ立場のケントにどうしても対抗意識が湧いてしまうのだ。
アミはツンっと顎を反らしてそっぽを向く。
「お気遣いなく。私は時間までその辺を散歩して……きゃっ!」
そのまま前を見ずに歩き出した彼女は、床の段差に気づかず足を取られ、盛大につんのめった。ぐらりと視界が揺れる。
(転ぶ!)
床への激突の衝撃を予期して反射的に目を瞑ったアミが次に感じたのは、硬い床ではなく柔らかなぬくもりだった。
目を開けて最初に見えたのは燕尾服の黒い生地。
「お怪我は?」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、黒髪の青年が心配そうに覗き込んでくるのが見えた。それでアミは、転びかけた自分をケントが抱きとめてくれたのだと知る。
「なっ、なんともないです!」
いきなりのゼロ距離にアミは咄嗟に飛び退るように身体を離してから、
「あ……りがとう、ございます……」
スカートの裾を握りしめ、俯きがちに消え入りそうな声で礼を言う。
羞恥と屈辱に真っ赤になって肩を震わせるメイドの姿に思わず吹き出しそうになったケントは、それを悟られぬよう咳払いした。そして、白手袋に包まれた右手を差し出す。
「一人で時間を潰すのは寂しいので、私とラウンジへ行きませんか? アミ殿」
「そこまで言うなら……付き合ってあげてもいですよ」
ここまでされたら、アミだって折れないわけにはいかない。でもエスコートされる謂れはないので、出された手は素通りして先にラウンジに向かって足を進める。
明るい茶色のおさげ髪を揺らして歩く彼女の後ろを、彼はクスクス笑いながらついていった。
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