第17話 主役は誰のもの?(3)
食事の後はいよいよメインイベントである演劇観賞……なのだが。
「なんですか、ここは! ボックス席がないじゃありませんか!」
ロビーで座席表の案内板をてのひらで叩きながら、アミは大爆発する。この劇場の客席は、前面の舞台から座席が傾斜をつけた扇状に配置されていて、一階席しかない。
貴族の観劇といえば、一階席の他に、側面に二〜五階くらいまでボックス席(バルコニー席)がある所謂『馬蹄型』のホールで楽しむのが主流だ。勿論、上流階級の彼らは物理的にも金額的にも高いボックス席で。
「誉れ高きオルダーソン家の令嬢が庶民と同じ座席だなんて……」
「アミ、失礼よ。口を慎みなさい」
ハンカチを噛んで悲嘆に暮れるメイドを主人が嗜める。
「申し訳ありません。うちのメイドが」
「いや、俺の方こそちゃんと確認せずにゴメン」
オロオロと頭を下げるエリシャに、テオドールは苦笑を返す。
「この劇場はリースレニ王国の芸術文化の発展のために、低予算の劇団でも安価な入場料で大ホールで公演できるよう造られた施設なんだ。だから客席も予算をかけず、身分に関係なく同じ目線で楽しめるようにと設計されているんだけど……」
「素晴らしいコンセプトですわ!」
出資者子息の説明に、令嬢は手を叩いて賛同する。
「芸術は欲する者に等しく与えられるべき。身分差を超えて同じ芸術を共有し、個々の感性を高められるなんて素敵な場所ですね」
オルダーソン家の令嬢はメイドとは違い柔軟で先進的な考えの持ち主のようだ。こういうところが、エリシャが王太子妃候補に選ばれた所以だろうとテオドールは感心する。現在は元が付くが。
なんにせよ、劇場の造りにがっかりして現地解散、なんて事態にならなくてよかった。
「では、俺達は場内に入るから、終演後に
「畏まりました」
ライクス家の主従のやり取りに、傍にいたアミがぎょっと目を見開く。
「劇場内にはエリシャお嬢様とテオドール様のお二人で入られるおつもりですか!? それはさせられません。私も一緒に入ってお嬢様のお世話をしなければ!」
「しかしながら、本日は仕切りのあるボックス席ではないので、従者の動き回れるスペースはありませんよ? お二人を挟んで隣の席にもお客様がお座りになられますし」
冷静にツッコむケントをアミがキッと睨む。
「不特定多数の人間が集まる場にお嬢様を一人にするなんてできません。座席の足元に身を屈めてでも待機します!」
「アミ、さすがにそれは他のお客様にご迷惑だわ」
斜め上に仕事熱心なメイドに、主も呆れるしかない。
「それに、わたくしは一人ではなくテオドール様と一緒なのよ? 心配事なんてないわ」
「それが心配なのですよ!」
のほほんとしたエリシャの袖を引っ張り数歩離れた場所に連れて行くと、アミは荒らげた小声で訴える。
「劇が始まれば場内は暗くなるんですよ! 座席の距離は近いですし、もしテオドール様に手を握られたり肩を寄せられたりしたら、どうするんですか!?」
「そ、それは――」
アミの言葉に、エリシャは両手で口を覆って伏し目がちに、
「――ご褒美?」
だめだ、こいつ。
「お嬢様あぁ!?」
憤慨するメイドに、令嬢はコロコロ笑う。
「冗談よ。でも大丈夫よ、アミ。テオドール様はわたくしに興味はないもの。なにも起こらないわ」
それはエリシャの明らかな認識違いだが、本人は気づいていない。
「ほんの二・三時間お芝居を観るだけよ。その間、アミは食事でもしていて。さっきのビストロでは何も食べられなかったでしょう?」
エリシャの気遣いに、アミは更に口を開きかけたが、
「エリシャ嬢、そろそろ」
間近に迫った開演時間にテオドールが呼ぶ声に、エリシャは「はい」と答えて踵を返してしまう。
「いってらっしゃいませ」
劇場内へと向かう令嬢と令息を、メイドは仏頂面で、執事は笑顔で見送った。
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