第16話 主役は誰のもの?(2)
最初に馬車が停まったのは、劇場にほど近い場所にあるビストロ。
王都のど真ん中に在るというのに、季節の花々に囲まれたこぢんまりとした一軒家の外観は、まるでどこかの森に迷い込んだような印象だ。
内装は白を貴重とした落ち着いた雰囲気で、テーブルクロスやカーテンにあしらわれたレースがさり気なく高級感を漂わせている。大衆食堂ならば五十人は客を入れるであろう空間にわずか四つのテーブルセットしか置いていない。隣の客の会話が気にならない距離、まさに隠れ家的料理店だ。
紗のカーテンから真昼の陽が照らす明るい店内を見回しながら、エリシャは店員に引かれた椅子に座った。
「テオドール様はよくこのお店に来られるのですか?」
令嬢に訊かれて、対面に腰を下ろした令息は「まあね」とすまし顔で返事する。
だが……。
(嘘。ホントは二回目なんだよな)
背中を伝う冷や汗をひた隠す。一度目は兄夫婦の食事についていっただけ。
男女交際歴のないテオドールが小洒落たデートスポットなど知る由もない。しかし、愛しのエリシャを射止めるためには今回のデートで完璧なエスコートをしなければならない。そこで散々悩んで思いついたのが、兄夫婦が結婚前から度々訪れていたという兄嫁お気に入りのこの店だった。
「さすが、テオドール様。素敵なお店をご存知なのね。この雰囲気、とても好きです」
ニコニコと褒めるエリシャに、テオドールは内心(よっしゃぁ!)とガッツポーズする。
(ありがとう、
密かに兄嫁を拝みつつ、確かな手応えを感じていたテオドールだったが……。
……一方エリシャはというと、
(こんな女性ウケしそうなお店によく来るなんて、やっぱりテオドール様は色々な方とデートしているのね。わたくしだけが特別だなんて勘違いしちゃダメよ、エリシャ)
自戒と共に誤解を深めるばかりだった。
「さて、なにを食べようか。エリシャ嬢、苦手な物はある?」
「特にはないです」
開いたメニューを差し出すテオドールに、エリシャはそれを受け取りながら覗き込む。
「このシェフおすすめの若鶏のコンフィが美味しそうですね。でも、季節の魚のソテーも捨てがたいですし……」
眉根を寄せて真剣に悩む令嬢に、令息は自然と頬を緩める。
「俺もその二つで迷ってた。あ、そうだ」
それから思いついて、
「だったら鶏コンフィと魚ソテーを頼んで、半分ずつ皿に盛ってもらおう」
「そんなことできるのですか?」
驚くエリシャにテオドールは得意げに胸を張る。
「任せて。注文の時、シェフに頼めばやってくれるよ」
「そうですか……」
自信満々の彼に、エリシャは少し落ち込んでしまう。
「テオドール様は、よくご同伴の方とお食事をシェアされるのですね」
……あ、嫌味な言い方をしてしまった。
自分の発言にますます落ち込むエリシャに、テオドールは大きく目を見開くと、
「い、いや、ちがっ!」
真っ赤になってぶんぶん首を振った。
「実はこの店、兄夫婦の行きつけで、俺が誰かを連れてきたのは今日が初めてなんだ。互いの料理をシェアするのは兄と義姉さんがよくやってて。二人が仲良くて羨ましかったから、俺もやってみたくて……」
白銀の髪を掻きながら、上目遣いにエリシャを窺う。
「ごめん、いきなり馴れ馴れしすぎたよね」
必死に謝罪するテオドールに、エリシャは俯いて肩を震わせて……、
「あ……謝らないでくださませ……」
真っ赤になった頬を両手で挟んだ。
(だってだって、仲睦まじいご夫婦の真似をしてみたかったなんて。そんなの、そんなの……!)
勘違いするなという方が無理だ。笑顔が溢れて止まらない。
「わっ、わたくしも、テオドール様とお食事をシェアしたいですわ……」
「う、うん。そっか。じゃあ、そうしようか……」
ドギマギもじもじと視線を逸しつつ、メニューを決める二人。
給仕の為にそれぞれの主の傍らに控えていた従者と侍女は、
(こいつら、両思いなんじゃね?)
そろそろこの世界の真理に気づき始めていた。
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