第19話 主役は誰のもの?(5)
主人が観劇に興じている間、従者はラウンジで休憩タイム。
「今回のお芝居、前評判がとても良いそうですよ。お二人共、楽しんでおられるといいですね」
ランチセットのポークグリルを優雅に切り分けて口に運びながら、ケントがにこやかに話しかける。アミはサンドウィッチを頬張りつつ、
「エリシャお嬢様がお好きな作家が脚本を手掛けてますから、きっとお嬢様はお楽しみになられていると思います。でも」
不機嫌そうに眉根を寄せる。
「たまたまこちらの予定が空いていたからよかったものの、貴婦人を三日前に誘うなんて常識的にありえない。しかも家を通さず本人同士でやり取りするなんて」
「それはこちらの落ち度です。しかし、誘った当日中にオルダーソン邸に正式にご連絡さしあげましたし……」
「大体、急な日程も怪しいものだわ。他の女性に断られて手近なうちのお嬢様を誘ったんじゃないかしら? テオドール様は社交界で随分と浮名を流して……」
「アミ殿」
つらつらと悪態を並べるアミの唇を、ケントのしなやかな人差し指が塞ぐ。
「それ以上はご容赦を。私はライクス家の使用人です。オルダーソン家の
鋭い視線を真っ直ぐに合わせて声のトーンを落とすケントに、アミはぐっと喉を締め付けられる圧迫感を覚えた。
「……申し訳ありません。今の発言のすべては私の一存、オルダーソン家には関係ありません。ご無礼をお許しください」
項垂れるアミに、ケントは穏やかに表情を緩める。
「なんのことでしょう? 私は何も聞いていませんよ」
とぼけた調子で食事を再開する執事に、メイドはますます居た堪れない気分になる。
「……あなたにも、謝罪します」
「ん?」
首を傾げて聞き返すケントに、アミはぼそりと、
「主を侮辱されるなんて、従者にとってはこの上ない屈辱だわ。本当にごめんなさい」
涙目の彼女に彼は驚いたように目を見張り、それから悪戯っぽく細めた。
「ケントです」
「え?」
顔を上げたアミに、ケントはにんまり笑う。
「名前呼んでくれたら許します」
「!」
執事の要求に、メイドは椅子から飛び上がりそうになる。名前を呼ぶなんて普通の行為なのに、何故だかやたらと緊張する。ゴクリと唾を飲み込み、喉を湿す。
「ケ……ケント、さん」
震える声で呼ぶと、
「はい、アミさん」
間髪入れずに自分の名を返され、体温が急上昇する。
(なんなの、なんなの? ライクス家の男はやっぱいけ好かないっ!)
懊悩を隠してサンドウィッチのやけ食いに走るアミに気づかぬふりで、ケントは悠々と紅茶を啜っていた。
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