トレーニング

旗尾 鉄

第1話

 私はスケルトンである。


 諸君は『スケルトン』をご存じだろうか。


 いわゆる「ガイコツ人間」である。ファンタジーやホラーの世界では、極めて知名度が高い存在である。


 人間の骨がむき出しになっているという我が姿は、不吉なイメージを喚起し、死の恐怖を感じさせるに十分である。あまたある異世界の中には、占いのカードに私の姿を描いたり、タイトルはうろ覚えだが、「なんとかロック」という、私のテーマソングが流行した世界もあるという。


 かように知名度の高い私であるが、大きな悩みを抱えている。どうにも、戦績がパッとしないのである。


 我々モンスターは、人間と戦うことが仕事である。ところが私は、どうも血生臭いことか苦手な性質なのか、今ひとつ勝てない。負けて退却するのが恒例になっている。


 これではいつまでたっても一兵卒、人間たちの使う品のない言い方をすれば、雑魚モンスターの地位から出世できないのだ。このままでは、「骨のないやつ」とのを免れない。私は意を決して、二人の名将軍に教えを請うことにした。


 二人の将軍は食堂にいた。テーブルに向かい合って座り、がつがつと肉を食いながら談笑している。階級の低い私は膝をついて礼を表し、どうすれば良いか丁寧に教えを請うた。


 向かって右側の将軍が、こちらを向いた。ミノタウロスという、牛頭の怪物である。筋骨隆々とした体格で大斧を振り回す、勇猛果敢な将軍である。将軍は私を一瞥すると、フンと鼻を鳴らした。鼻を鳴らすのは機嫌がいいときの癖である。


「オメエはよ、パワーが足りねえんだよ」


 もう一人の将軍も、こちらを向いた。トロールという、ミノタウロスに負けず劣らずの巨漢で、怪力自慢の将軍である。


「ん、そうだな。パワーが足りないな。そんなヒョロヒョロの体じゃあ、一生下っ端だな」


 ミノタウロス将軍が言った。


「オメエ、体を鍛えろ。筋力トレーニングしろ。俺たちレベルは無理としても、人間並みの筋肉をつけるんだ」


 私は困惑した。スケルトンが筋肉をつけるなど、矛盾してはいないだろうか。それ以前に可能なのだろうか。だが二人の将軍には、そんな理屈は通用しなかった。


「オメエ、やれと言われたらやるんだよ。これは将軍の命令だぞ。筋肉がついたら、また聞きにこい。それまでは筋トレ以外の活動は禁止だぞ」

「ん、そうだな。将軍の命令だな。せいぜい、頑張ってみるんだな」


 上官の命令は絶対である。その日から、私はひたすら筋力トレーニングに励んだ。ランニング、腹筋、背筋、腕立て伏せ。






 何週間も、何か月も経った。筋トレの効果は、まったく出なかった。私の全身は骨のままである。


 その頃には、私はもう気付いていた。筋トレは元々ある筋肉を鍛えるためのものであり、無から筋肉を生み出すものではないのである。それにそもそも、スケルトンとは筋肉を持たないものなのである。


 だが、将軍の命令に背くことはできない。私はただ命令に従うためだけに、無意味と知りつつ筋トレを続けていた。


 やがて、人間たちとの一大決戦の時が来た。もちろん、私は参戦できない。将軍の命令によって、筋トレ以外は禁止だからである。私は黙々と筋トレを続けた。


 それから何日経っただろうか。筋トレ室に、何人かの兵がやってきた。みな、新兵のようだ。


「スケルトンさん、残念ながら敗北です。ミノタウロス将軍も、トロール将軍も討ち取られました。その他の主だった上官もみな戦死しました。年功序列によって、あなたが次の将軍です」


 二人の将軍に感謝せねばなるまい。彼らのおかげで私は異例の大出世を果たして、将軍の座を手に入れたのである。


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トレーニング 旗尾 鉄 @hatao_iron

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