第5話 イベントの謎
休みが明けて月曜日。楽しかった休日から一転。いつもと変わりない学校生活が待っていた。
今日はテストが返ってくるので、教室内の雰囲気もなんだかそわそわしている。
問題文に潜む謎を解く時間はもう終わったのだ。
必ず解けるようにできている問題を解いて、用意されている答えへとたどり着くこと。それがテスト、勉強というものだ。口で言うのは簡単だが、これがなかなか難しいのである。
しかし、今回ばかりは本気度合いが違う。
「サトル!約束は覚えていマスね!」
「うん、負けた方がクレープ……でしょ」
隣の席のシャロが、わくわくしながらそう言ってくる。
今回のテストをガチで攻略した理由、それがこの『テストの合計点の低かった方がクレープをおごる』という約束の存在だ。
しかもそのクレープはかなりお高めのものを賭けており、ちょっといい昼食が食べられるほどの金が消し飛ぶことになりそうだ。
そんなわけで、普段は必要最低限な点数を取っている俺だが、真面目で成績優秀なシャロが相手となると、かなり勉強に力を入れなければならなかった。
シャロは学年順位20位から一度も落ちたことのない秀才。一方の俺は面倒くさがって順位はもうちょっと下の方をうろちょろしている。
出席番号の関係で先に呼ばれ、点数を見ないように必死で目をそらしながら国語のテストを受け取ったシャロが、俺に向かってまるでかめはめ波を打つような構えで答案を開く準備をしている。
俺とシャロの出席番号まではかなり距離があるが、ずっとこうしているつもりなのだろうか。あと何故そんなに自信満々なんだろうか。
「今回の国語は完璧デス……!いっぱい本を読んだので90点以上は硬いデス!」
「なるほどね」
うーん……浅いなぁ……でも点とれるんだよなぁこの子は。
なんて思ってしばらく、シャロの手がだらんと疲れ落ちてきたところで、俺の名前が呼ばれる。
シャロと同じように点数を見ないように受け取り、再び顔を見合わせる。
「互いに揃いましたネ!――Are You Ready!?」
「――できてるよ」
二人同時に答案を開き、左上の赤い数字に目を移す。
シャーロット・ニコ・イノセント 92
火鉢 悟 94
「ナ……ナナナ……」
「ふふん……!見たかシャロ……!」
「馬鹿な……!?こんなことがッ……!?」
「いつも通りの俺だと思ったら大間違――」
「――Oh my God! It can’t be true!」
「……そんなにショック?」
突然英語で悶え始めるシャロにクラス中が驚きの視線を向けている。俺もびっくりした。
なにはともあれまずは一勝。残すは数学、英語、社会、化学の4教科。出だしは好調だと言えるだろう。
「いつもなら80点付近を彷徨っているはずのサトルが……さてはサトル……いっぱい勉強しましたネ!?」
「うん」
この時のために文脈や漢字の読み書きなんかを猛勉強したのだ。その努力が無駄になるようなことは困る。
「しかし!ここから巻き返して見せま……待ってくだサイ?……そういえばサトルって国語は――」
「うん、苦手教科」
「うにゃあああ!」
大方、いつもの俺の点数を見て高をくくっていたのであろう。
だが甘い……甘いぞシャロ!クレープよりも甘い考えだ!
その甘い考えを甘い物へと変換させてもらおうじゃないか。はっはっは。
「悟の馬鹿……いろんな意味で悔しいです……」
「一発目から酷い言われようだ……」
× × ×
「チョコバナナ……おいしすぎ……」
「ぅぅ……ワタシの可愛いマニーがぁ……あむ……おいしいデス……」
とあるショッピングモールにて、一つのベンチに座る対照的なテンションの男女がいた。
顔が緩むのを感じながらもクレープがおいしい男子高校生と、しょんぼりと肩を落としながらクレープを頬張ってやっぱりおいしそうな女子高校生。
結局あのままの勢いでシャロの点を上回り続け、手堅く勝利を収めた。
二人とも得意教科である英語の点数が100点の同点で、上回れなかったのだけが心残りだ。
「……シャロさん?もうちょっとおいしそうにできないかな……食べ辛いんだけど……」
「だってぇ……サトルが点数でいじめてくるからデスよぉ……数学なんて満点だったデス……いつも通り……」
俺は基本的には成績が5になるギリギリのラインにとどまっているが、数学だけは満点を取るようにしている。
その理由は数学のテストを作った張本人が家にいるからに他ならない。
以前勉強を怠って80点を下回った時には夕飯に俺の嫌いなものが3つも出て来た。しいたけとゴーヤとブラックコーヒーだ。
例え嫌いじゃなくてもキツイであろうその組み合わせの夕飯をもう食べることが無いように、俺は常に数学のテストだけは点数を取る。あと教師のご機嫌も取る。なんなら後者の方が重要。
「サトルのクレープ……ワタシが買ったんデスよ……?」
「はいはいわかった……一口あげるよ」
「わぁい……はむ……んん!ほっへほおいひいえ――」
「飲み込んで喋って」
「ごくっ……とっても美味しいデス!特にバナナとチョコの絶妙なバランスが――」
急に饒舌になりだしたシャロ。シャロの食べている抹茶風味とはまた違った良さを味わえてすっかり元気を取り戻したようだ。早いような遅いような。
「そっちもおいしそうだね」
「おいしいデスよ!はい、ドウゾ!」
目の前に差し出された鮮やかな緑の生地のクレープ。抹茶特有の深みのある香りが鼻腔をくすぐって、俺の舌に訴えかける。ということでぱくり。うん。おいしい。
抹茶の持つ苦みによって、クレープ全体の優しい甘みがより強調されており、控えめに入っている生クリームが口の中でとろけて、生地の物とはまた違ったまろやか甘みが舌を包む。
二人でしばらくクレープを堪能した後、やっぱりなんだか悪いので代金を払おうかと言ったが、断られた。こういう所は真面目なやつだ。
「そういえばサトル、イオリとプール行ってたそうデスね」
まったりと食後の雑談に花を咲かせていた俺達だったが、急にシャロがそんな話題を切り出してくる。
シャロが明るい性格というのもあってか、衣織とシャロは普通に楽しく話せるくらいには仲が良い。衣織から聞いたのだろうか。
「ペアチケットがあるからって、土曜日行ったよ。それがどうかした?」
「いえ!なんでもないデスよ!別に!楽しかったならいいデスもんね!」
明らかにご機嫌斜めなシャロ。ぷりぷりと頬を膨らませてそっぽを向きながら、投げやりな言葉を散らしている。
なるほど、シャロもプールに行きたかったのか。
「ごめん、ペアチケットだったから……他の人誘うのも違うかなって思って……」
「……はぁ」
俺がそう言うと、シャロはさっきとは真逆に、しょんぼりと顔を落としてしまう。
「やっぱ勘違いしてます……悟のばか……」
「な――」
何で罵倒されたのか……なんて言葉は、シャロには到底言えなかった。
本能とでもいえばいいのか。俺の意思とは無関係に、それが口を閉ざしていた。
微妙な空気になるが、それも刹那。すぐに話題は別の事へと切り替わり、いつも通りの雰囲気がやってくる。
言葉では言い表せないほどに、人と関わるということは難しい。
家族であっても、幼馴染であっても、友達であっても――想いを寄せる人であっても。
謎という枠に当てはまらない、難解な謎だ。
× × ×
これから夏が本番を迎えるため、時計が4時20分を回っても全く陽の落ちる気配がない。むしろさっきよりも陽の光は強く、ショッピングモールの外には日傘を差す人もいる。
俺たちは冷房の効いた建物内を練り歩いているから関係ない。今日は二人とも寄り道気分なので、もうちょっと涼しくなったら帰るとしよう。
「そういえば……テストが終わったから、あとはもう夏休みが来るのを待つだけだね」
「ワオ!そういえばデス!楽しみデス……スイカ……カキゴオリ……焼きとおもりょこ……あうぅ」
「言いにくかったらコーンでいいと思うよ」
「コーン!!」
「わぁ元気」
食べ物も楽しみではあるけど……やっぱり海とかキャンプとか行ってみたいというのもある。お祭りとかもいいな。ここら辺毎年やってるから……これは期待が高まる。
「またアマネと3人で遊びたいデス!海!海行きたいデス!」
「休みが取れたらね」
教師にも夏休みがあるにはあるが、俺たち生徒と比べると、それはそれは短い休みだそうだ。
「アマネは働き者で偉いデ……ムム?」
「シャロ?」
俺の隣を歩いていたシャロが急に立ち止まり、モール内の案内図の横に張られているチラシをまじまじと見ている。
かと思えば振り返って俺を見た後、またチラシへと目線を映す。
そして交互に俺とチラシを見比べていたシャロの顔が、どんどん悪だくみのにやにや顔へと変貌していく。
「これ……見てくだサイ……」
言われ、チラシに書かれてある文章を読む。
『どなたでも歓迎謎解きイベント!優勝者には豪華景品が!? 16時30分より、⑰(青)にて』
案内図によると、⑰や⑥など、店や通路の場所をこのマークで区切っており、階ごとに色が違うようだ。そして1Fを示す青色の⑰という位置はかなり近く、今から行けば十分間に合う。
「もしかして……これに参加しようとしてる?」
俺がそう問いかけると、シャロは肯定するようにより一層口角を上げる。
「サトルの謎解き力があれば……豪華景品がワタシのモノに……!」
「他力本願過ぎない?」
俺は良いように使われようとしているのか。なんてことだ。
「嫌だったデスか……?」
とはいえ、俺としても謎解きイベントというのは見過ごせない。豪華景品はむしろおまけみたいなものだと思えるほど、内心ワクワクしていた。
学校以外での謎解きは久しぶりだ。それが例え用意された謎でも、俺が惹きつけられるには十分だ。
「そんなの――嫌なわけねえだろ。行くぞ。シャロ」
「~!ハイ!」
俺がやる気になったと見るや、シャロは満開の笑顔を咲かす。せっかくシャロが期待してくれているのだ。いいところを見せてやろうではないか。
俺たちは軽い足取りで、その場所へと向かった。
× × ×
「只今時刻は午後4時30分!皆様いよいよお待たせしました!これより謎解きイベント『シューティングスター』を開始します!」
俺たちがこの場に着いたときには、既に参加者と思しき人たちが軽く30人を超えていた。いくらここが大型だとは言え、たかだかショッピングモールのイベントでこんなに人が集まるのか?と思っていたが、景品の内容を知った俺はすぐに納得できた。
『高級温泉旅行券 一枚で最大10人まで使用可能』
……なんて、馬鹿げた旅行券が景品なら、納得しなければなるまい。
あまりにも信じがたかったのでイベントスタッフに話を聞いたところ、なんとこのイベントの主催者が旅館の経営者らしく、そして大の謎解きマニアだという。なのでこういったイベントを様々な場所で行っているらしい。
そんな公私混同一直線なイベントだが、かなり好評のようで、口コミ式に主催者……もとい旅館の経営者の噂が広まり、結果として旅館を利用する客も増えてきているそうだ。すごい。
そんな興味を惹かれる主催者のことは後で調べるとして、今はイベントスタッフのルール説明に耳を傾ける。
「このイベントの流れは大きく分けて3フェーズに分かれます。
まず第1フェーズでは、今から皆さんに配布するカード、『
そして第2フェーズでは、3つのカードに記された場所まで行き、『
最後、第3フェーズでは、とあるモール内のお店まで行き、店員さんに腕輪を見せながら『ゲームセット』と言って、そこが正しいお店なら優勝、もし違うお店ならその時点で脱落といったモノになっております!」
そしてスタッフは一呼吸置いて、落ち着いて話す。
「なお、先ほど私が説明した3つの内、――2つ目が嘘ですので、注意してください」
今度こそルール説明が終わるが、最後に投下された発言により、会場にはわかりやすく混乱が広がる。
俺もその発言は気になるが、ひとまず落ち着いて、頭の中で発言を整理する。
今スタッフが配っている封筒の中に入っているのは、ルールが書かれたパンフレットともう一つ、星の書と言われるイベントで使用するカードだ。
まずはそれに隠されたヒントを読み解かねばならない。全員に配ったら皆一斉に中の物を取り出すそうなので、俺の番が来るまで大人しく待っているとしよう。
「――なっ!?助手!?」
シャロと一緒に待っていると、背後から聞き覚えしかない驚き声が聞こえてくる。
「日和……こんなところで会うとは奇遇だな」
「あ、ヒヨコちゃん!ハロー!」
「こ……こんにちは。シャーロットもいたのね」
元気いっぱいに挨拶をするシャロと、戸惑い気味に挨拶する日和。
シャロは日和のことをヒヨコちゃんと呼ぶ。探偵のタマゴだと紹介した時にひよりという名前から連想したらしい。
日和はそのあだ名に困惑していたが、結構気に入ったのか、まんざらでもない様子だ。
「助手もこのイベントに参加するの?」
「あぁ、興味本位で来てみたけど、結構楽しめそうだ」
「ワタシも参加しマス!」
「ふーん……そうなのね……意外だわ。助手はともかく、シャーロットは見てるだけかと思った」
「私の謎解き力、舐めてもらったら困ります!」
そう言って胸を張るシャロだが、日和はじとーっと疑うような視線を向けている。
「そういう日和も、やっぱり参加するのか?」
「えぇ、もちろん!もともと参加するつもりで来たけど、助手がいるなら尚更よ!お昼のリベンジなんだから!」
今日のお昼の勝負は神経衰弱。記憶力には自信がある方なので、32枚の配置程度なら完璧に覚えられる。俺にカードを並べさせたのが運の尽きだったな。
「だから、覚悟してなさいよね!」
宣戦布告だと言わんばかりに、俺に向かって人差し指をびしっと突き立てる日和。その目では闘志の炎がめらめらと燃えていた。
しかし今回ばかりは譲れない。景品のため、俺のプライドのために。
「いいぜ。全力で来いよ――日和」
「おぉ……サトルが本気デス……」
「そ……それでこそ私の助手よ……!」
そう言い残し、日和は俺達から離れていった。
これでこのイベントの楽しみがまた一つ増えた。曲がりなりにもあいつは探偵のタマゴ。何度も勝負を重ねていくうちに、日和の強みと言ってもいいような物を知ることができた。
こと推理、問題を解く能力においては、あいつはかなりいい
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございマス!」
配布が俺たちの番になり、しばらく待つと、イベント開始の瞬間が訪れる。
「はい!それでは皆さん一斉に取り出してください!」
封筒の中のパンフレットと、星の書と呼ばれる一枚の黒いカードを取り出し、そのカードを見る。
「……」
カードの上部には、123456789と順に並んだ数字が黒い背景に相反するように、1と5、4と7を除いて白い文字で書かれている。1と5は赤い文字で、4と7は黄色い文字だ。
カードの中央から下部にかけて、/,¥などの記号やアルファベットが一文字一文字区切られた枠の中に白、青、緑、黄色など様々な色の文字でぎっしりと書かれているが、赤は無い。
「それではこれより、『シューティングスター』開始です!合言葉は既に全員の手の中です!最初に第1フェーズを切り抜け、金色の星をつかみ取るのは果たして誰か!」
スタッフの言葉を聞き終えた瞬間、俺の意識は手元の謎へと向く。
視界はカードに奪われ、脳はいくつもの法則を当てはめる演算処理に奪われている。
瞬時に理解した。
(……このイベント……作った側は
――なら、俺も本気で行くしかない。
手ごろなベンチに腰掛け、ゆっくりと脳内に潜る。記憶をかき分け、かき分け、イベントに関わる情報だけを取り入れる。
俺は今、思考の中にいる。
さぁ、推理を始めよう。
まずはこの星の書の謎からだ。大きく目立つのは何故1と5、4と7の色だけが違うのか。黄色なら下の文字列にもあるが、赤は見当たらない。
見た所、この文字の中に単語が隠されているわけでもないだろう。縦、横、斜め、そのどれもが現存する言葉にはならない。ならば別の考え方か。
思考をリセットし、全体を見る。
Ufywxnr98m,://[……――――huyrc.@..//fppswfj……やはりこの文字列に意味は……
……ん?待てよ?
「……ル……」
金色の星をつかみ取る……もしかしてそういうことなのか?
「サトル!」
「……シャロ?」
思考を中断し、隣に座って俺の顔を覗き込むシャロへと意識を向ける。
「……近くないか?」
「それより、サトル!全然わかりまセン!」
ギブアップが早いようで。と思ったが、参加者も皆頭を抱えている。
「俺も今から確認するんだ。ちょっと待っててくれ」
「確認……?」
首をかしげるシャロを横目に、スマホを取り出し、検索欄にその黄色の文字列を入力する。
俺の予想が正しければ……繋がるサイトは……
「はは……」
そしてさらにスマホを操作し、結論にたどり着いた俺は、思わず笑いを零す。
「どうしたんデスか?まさか……もうわかったデスか!?」
思わず立ち上がったシャロの大声に、参加者の視線が一斉にこちらへと向く。特に日和は絶望といったような顔で見ている。
「違うよ。そんな早く解けるわけないだろ?難しすぎて笑ってただけだよ」
俺がそう返すと、勘違いだと自分を納得させ、参加者は再びカードに目線を落とす。日和も大きなため息をつき、穴が開くんじゃないかと思う程に必死でカードを見つめていた。
一方のシャロは落ち着きを取り戻し、再び隣に座る。
本当に……思わず笑いが零れるよ。
「デスよね……そんなに早く解けるわけ――」
「――シャロ、行くぞ」
「え?」
俺は立ち上がり、シャロの手を取って歩き出す。
そしてシャロに小さく耳打ちをする。
「……第1フェーズの謎は解けた」
「~~!」
シャロは再び驚くが、必死に自分の口を押えて声を殺していた。
「えらいぞ。シャロ」
できるだけ目立ちたくないという俺の意図を察してくれたようだ。なんせ本気だからな。むやみに他の参加者に情報を与えるような真似はしたくはない。
参加者の固まっているところからシャロと共に十分離れた俺は、一つ確認する。
「頼みたいんだが、シャロの星の書を見せてくれるか?」
「は……はい、これデス」
3と5が黄色……となると……
俺はさっきと同じようにスマホを操作し、確信を得る。
答えが二つあるのは良い。こうして照らし合わせることができるのだから。
「……シャロ、このイベントは一人用の謎解きだ。だから今から行く場所は俺のクリア条件に従う場所だけど、いいか?」
「あ、ハイ!もともとサトルについて行くつもりデス!」
「結局他力本願だったな」
シャロは若干目が泳いだが、すぐに仕切り直すように俺に向き直る。わかりやすい。
「それで、どこに行くんですか?」
「あぁ、それは……」
――このイベントの主催者へ。
俺から一つ、言いたいことがある。
「――さっき行ったクレープ屋さんだよ」
難易度……高くない?
× × ×
「説明を要求しマス!マスマスマス……」
「変な語尾」
3階のクレープ屋さんへ向かう道中、シャロが俺に興味津々といった様子で問いかける。
さっき星の書を見せてくれたお返しと言ってはなんだが、できるだけ丁寧に説明するとしよう。
「まず、俺がもらった星の書では4と7、それとその下に並んだ文字のいくつかが黄色で書かれているよな」
「ハイ……ワタシのと似てます……」
「今使うのは黄色だけだ。赤はまた後でだ」
さっき案内図で確認した。赤を使うのは恐らくはフェーズ3か2だ。
「記号にアルファベット、一見並びはバラバラだけど、こいつらの並びには法則性がある」
「法則性?」
「そうだ。こうやって読んでみるんだ」
俺は黄色い文字中央上部から左下に、そして右中央に、そのまま平行移動で左に――
「星形……になぞるんデスね!」
「そうだ、結構無理やり感はあるけど、普通に筋は通ってて読めるんだ。そうやって読んだ記号をスマホの検索欄に打ち込んでみると、こうなるんだ」
「……URL……デスか?」
黄色の文字を星形に読み、スマホに打ち込むと、とあるサイトへつながるURLとなる。そのサイトは……
「これがそのサイト。――食べログだ」
「……What?」
そりゃ普通はそうなる。何で謎解きイベントから美味しいご飯のお店とかのサイトに繋がるのかと思うよ。
だから、普通じゃないから難易度が高いんだ。
「ここで重要なのがこの上の黄色い数字だ。4と7……食べログ……思いつかないか?」
「――っ!星デス!」
「その通り、そしてこのショッピングモール内で食べログの星4・7の店は一つだけ」
「このクレープ屋さん……デスか……」
説明しているうちに、俺たちはさっきも来た甘い匂いの漂うクレープ屋さんへと到着する。
店の中に入り、店員さんの目線が俺たちの持っているパンフレットに向いた時、心底驚いたように目を見開いたことから、答え合わせは済んだ。こんなに早く来るとは思っていなかったのだろう。
ちなみにシャロがもらった方に書かれていた食べログ3・5のお店は4階の和菓子屋さんだった。なので少しでも近いこっちに来たというわけだ。
「あ、でもでもサトル……合言葉はどうするんデスか?ここで唱えるって言ってマシたよ?」
「それなら、もう全員聞いてるよ。すっごいベタなパターンだった」
このイベントを一言で表すと、意地が悪い。
なんせ、スタッフの言葉を一言一句覚えてなければならないのだから。
俺は店員さんの前まで行って、はっきりと言い放つ。
「合言葉は――〝既に全員の手の中〟」
店員さんはふふっと笑い、3つの黒いカードを取り出す。それを俺に手渡し、祝福するように小さく拍手をした。
「第1フェーズ突破、おめでとうございます。こちらが『真実の星の欠片』の位置を示すカードになります」
俺は礼を言ってそれを受け取り、シャロと共にクレープ屋を後にする。
合言葉は既に全員の手の中……スタッフがゲーム開始直後に言っていたことだが、後に配られたルールが記載されたパンフレットには書かれていなかった。大抵の参加者はこの時点で詰みそうだ。
「そんなこと……言ってマシたっけぇ……?」
現に今ここに、そんな参加者が居るのだから。
× × ×
俺とシャロはさっきクレープをもぐもぐしていた場所に陣取り、『真実の星の欠片』の位置を示す3枚のカードを眺めていた。そのカードの裏には1、2、3と書かれており、1つ目から順に見ていくことにした。
まず1つ目――『3階の洋服売り場の店員さんが持っている』
次に2つ目――『2階のペットショップの店員さんが持っている』
最後に3つ目――『1階の家具店の店員さんが持っている』
そして全部のカードに『その場所に行く度に店員さんからハンコを押されますが、そのハンコを二つ押された時点で次の場所へは行けなくなります』という文がくっついている。
「サトル……!知らないルールが出てきマシた!」
ハンコのルール……2回行くと3回目は行けなくなるというものだが、このルールの記載は、真実に気づいた者への答え合わせといったところか。
「そういえば!ワタシでも覚えていることがあったデス!この第2フェーズのルールを、スタッフさんは嘘だと言ってました!これって……どういうことデスか?」
シャロの言っていることは確かにスタッフの言ったことと似ているが、本質は全く違う。
「残念、ちょっと違う。正しくは『先ほど私が説明した3つの内、2つ目が嘘です』って言ったんだ。
「……何が違うんデスか?」
やっぱり、このイベントは意地悪だ。こんなところにまで目を向けなければならないなんて。
第1フェーズとはまた違った難しさだ。
「スタッフがルール説明の中で『3つ』という言葉を使ったのは、この『真実の星の欠片』の場所を示したカードの時だけなんだ。つまり、スタッフの言っていた嘘は、第2フェーズのことではなく、このカードの2つ目のことなんだ」
「っ!そういうことだったんデスか!」
よく言えば言葉遊び。悪く言えば屁理屈。そんなくだらないことに気付いて初めて解ける謎がこの第2フェーズだ。
「これらの場所には2回しか行けない。そして2つ目は嘘。――以上のことを踏まえて、行こうか」
「ハイ!まずは洋服売り場デス!」
× × ×
洋服売り場、家具屋さんと回って、どちらともに驚愕の表情で腕輪を渡された俺は、シャロと共に2階の案内図前の椅子に腰かけていた。
金色のリングの中央部分に、流れ星のイラストが刻み込まれた赤い宝石のようなガラス細工がはまった腕輪を見ていると、隣に座っているシャロがそわそわと何か言いたげな雰囲気を醸し出す。
「それでサトル、これが一番の難関デス!」
第3フェーズ。数あるお店の中からノーヒントで正しいお店を当てるという最後の謎解き。
「いくらサトルでも無理デス!ノーヒントデスよノーヒント!」
確かに、ルールでは正しいお店に行くとしか書かれていない。スタッフの言葉にもヒントは隠されてはいなかった。さっき使ったカードにもそれらしいことは書かれていない。どういうことだろう。
――なんて謎は、すぐに解けてしまった。
「あら、助手じゃない」
「ぬ……?ハッ!ヒヨコちゃん!」
「よ、日和。調子はどうだ?」
イベントが始まって15分といったところか。今の所日和以外の参加者には会っていない。先に行ったか、まだ第1フェーズか。
そんなことを考えていると、日和はいつになく自信満々に腕を組みながら俺を見下ろしている。
この自信は……まさかもうクリアを……!?
「ふふふ……私は既に!第1フェーズを突破したわ!」
よかった。まだ本当の助手になることは無さそうだ。
でもまぁ……あの謎をこの程度の時間で解くとは……やっぱり日和の持つ謎解きの才能はかなり上質だ。
「はぁ……焦って損したよ」
「あら、なぁに?負け惜しみかしら?悪いけど私のこの3枚のカードは見せられないわね!それに第2フェーズの嘘というのも必ず暴いて見せるんだから!……で、助手、その腕輪はなに?チョーカーと言い腕輪と言いあなた最近おしゃれに目覚めて――」
「お喋りは――イベントを終わらせた後にしよう。日和」
突然立ち上がった俺に、困惑する日和とシャロ。
「な……何なの?お……怒っちゃった……?」
「悟……?大丈夫?」
さっきの態度とは打って変わって言葉が弱い日和と、カタコトが抜けるほどに俺を気遣うシャロ。
俺が日和の言葉に腹を立てたと勘違いさせてしまったようだ。
「いや、そういうのじゃないんだ。ただ――」
「「ただ?」」
俺は目線をある店へと向け、そこへ向かって一歩を踏み出す。
「長引かせるのも悪いかと思って」
「「え?」」
迷いなく歩く俺と、わけもわからずついてくる二人。
「まさか……!?」
シャロは察し、
「その腕輪って……そういうこと……!?」
日和も理解する。
「すいません、店員さん」
「はい、どうしました?」
星の書に書かれてあった赤色の1と5。これはシャロの星の書も同じだった。
そして案内図で確認した。――赤の⑮を。
この2階のペットショップ。その名も――『流れ星』。
俺は二つの腕輪を店員さんに見せ、イベントの終焉を告げる。
「〝ゲームセット〟」
その言葉を聞いた瞬間の店員さんは、信じられないような顔をしていた。しかし、すぐに平静を取り戻す。
「おめでとうございます」
そう言った店員さんがインカムに何やら指示を出すと、数秒もしないうちに館内放送が流れ始める。
『謎解きイベント、シューティングスターは、只今優勝者が決定いたしました。参加してくださった皆様。誠に、ありがとうございました』
「改めまして、謎解きイベント『シューティングスター』優勝、おめでとうございます!」
「ええええええ!?どうなってるの!?悟!?」
「なんっ――早すぎるでしょ!説明しなさいよ!助手!」
荒ぶる二人に揺らされながら、一連の説明をしようとしたが、あとでいいかってなった。
だって疲れたもん。なんでこんなに本気出さなきゃいけないんだよ。たかだかイベントに。
眠いのかは知らないが、急に動きがのろくなった俺の亀さん
どう説明しようかなーとか、なんのために謎解きしてたんだっけーとか。
あぁ、景品のためか。確かその景品は…………
(温泉旅行券……か、すっかり忘れてたけど……それ使えば温泉旅行行けるやん)
温泉旅行かぁ……
温泉旅行……
温泉……
あれ?
(温泉旅行行けるやん!!)
眠気が覚めたのかは知らないが、急に動きがよくなった兎さん
最大10人までとなると……誰を誘おうかなーなんて、考えているだけでも楽しくなってきてしまう。
そうなると……もしかしたら会えるかもな。このイベントの主催者……旅館の経営者に。
もし会えたら、こう言おうかな。〝謎〟の提供、ありがとうございました……ってね。
「サトル~~~!」
「助手~~~!」
……まずは、こっちが先か。
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